芥川龍之介の厳選12の名言から学ぶ【人生と仕事の哲学】

芥川龍之介の仕事と人生の名言 -
芥川節炸裂の皮肉に満ちた幸福論

芥川龍之介は日本を代表する文豪。年に2回ある芥川賞の芥川は彼の日本文学への功績からつけられた。教科書にものるような物語や自意識の行き着く先にある支離滅裂な世界観ある物語まで、芥川独特の皮肉の効いた文体でいまも読者を楽しませ続けている。彼の幸福論ともいえる哲学的な言葉は魅力的であり、人生や仕事に勇気を与えてくれます。芥川龍之介の言葉から厳選した名言集を紹介します。

芥川龍之介_幸福論
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どうせ生きているからには、苦しいのはあたり前だと思え。

芥川龍之介の文章を読んだ人は感じるかもしれないが、皮肉の効いた文章を書く。時に悲観的な言葉や視点の中に人間というものはこうも馬鹿馬鹿しいよなぁと自虐的に笑いの要素が盛り込まれている。彼の文章を読んだ後にこの言葉を読むと、人生はどうせ苦しいもんなんだよなと納得してしまうと同時に、まぁボチボチ生きていきますか。といったささやかな開き直りをもって人生に向き合える。強く背中を押す言葉ではないけれども、自然と一歩が踏み出されそうな名言。

阿呆はいつも彼以外のものを阿呆であると信じている。

小さな子供がよく言う「馬鹿と言ってる方が馬鹿なんだよ」という言葉に重なる。自分以外の誰かを阿呆と判断し相対的に自分を少しだけ優位にしてみせる行為は知的ではない。ソクラテスが「自分は何も知らない。けれど、何も知らないということを知っている。」といった無知の知の延長上に知識や知恵があるのこもしれない。周囲を阿呆と見るのなら、自分自身を阿呆として捉えてから、新たな知が獲得できる気がしてくる芥川流の名言。

幸福とは幸福を問題にしない時をいう。

幸福を思ってる時は幸福ではない。 そのことについて考えていると言う事はそのことが足りないということで、だからこそそのことについて考える。本当に幸せなら幸せについて考える何か別のことをしているような夢中しているような感覚であろう。幸福について考えている時、まず1つだけわかる事はあなたはいま幸福ではないということがこの言葉から読み取る。この言葉をまた芥川龍之介ならではの皮肉の効いた名言だ。

道徳は常に古着である。

道徳とは人間としてのモラルや社会的規範、または文化よってその尺度は変わるもの。法律のように明文化されているわけではなく、社会通念としてその国や地域で社会生活を営むひとの頭の中にある概念ともいえる。つまり、これまで人々の中で互いに記憶を更新されてきたもの。道徳は社会生活を円滑に営むうえでとても役に立つものであるけれども、過去の前例から成り立つものなので、これからの社会通念を形成するものではない。それを芥川は古着だと皮肉った。新しいファッションは新しい人々が作るようにこれからの概念も新しい人々が作る。道徳はそれまでの暫定的な概念であることを踏まえて、絶対視せず活用していけばいいと思える名言。

私は不幸にも知っている。時には嘘によるほかは語られぬ真実もあることを。

芥川作品で教科書にも載るよう作品に「蜘蛛の糸」がある。地獄に堕ちた男が頭上から垂れ落ちる天国にいける糸にのぼる。他の者も同じように登ろうとするが男は彼らを蹴落とす。同時に糸は切れ男は地獄にまた戻る。もちろんこれはフィクションであるけれども、読後に抱く感情として例えば、自己中心的な考えから他者のことを考えない行動はいずれ自分の首を絞める結果になる、といった感想や教訓を覚えたとしたら、現実にその教訓を活かすことでより良く生きることができるかもしれない。嘘が真実を教えてくれるのとはあると思える名言。

人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのはばかばかしい。重大に扱わねば危険である。

人生をマッチに喩えた比喩。前半と後半の対比がオチにもなっていて秀逸な名言。重大に扱うほどの価値はないと捉えながらも、その安易さが足元をすくうことになるかもしれない。芥川の言葉だと人生は危なっかしいものとして受け止めることもできるが、マッチが灯りを生むこともできるし、小さな暖をとることもできる。なにかと着火すれば大きな火になることだってできる。人生は軽々しく扱うこともできるけれど、いまよりも広く深い風景を見せてくれる可能性も同時にあるとすら思わせてくれる名言。

あなた方のお母さんを慈しみ愛しなさい。でもその母への愛ゆえに、自分の意志を曲げてはいけない。そうすることが後に、あなた方のお母さんを幸せにすることなのだから。

子供は親の背中を見るという言葉があるように、親の言動よりも行動に対して信頼や尊敬の念を加減させる。子供が親に期待していたことは、大人の世界が楽しいということを親自身から発信することだった記憶がある人は少ないはずだ。反対に、親が子供に期待することも、この世界を思う存分味わってほしいという一点に行き着く人が多いのではないか。どちらにしても、子供ためや親のために生きるのではなく、自分自身のために生きる姿こそが大切な人をも幸せにする。そんなことを伝えたいのかと思える芥川の愛ある名言。

完全に自己を告白することは、何びとにも出来ることではない。同時にまた、自己を告白せずには如何なる表現も出来るものではない。

自己表現について。100%の自己表現はできないけれど、0%の自己表現というものもない。何かをアウトプットすることは、どんな模倣であれ個性が微細であれ表出するもの。表現には2つの苦しみがあるのかもしれない。ひとつは、自己の深くまで潜り得体の知れない何かを外に出そうとするも出してみると違ったものになってしまいまた潜る苦しみ。もうひとつは、主観をできるだけ排除し客観的な表現を試みたのに、自分の性格の一端が滲み出ていることに気付いてしまう自己嫌悪ような苦しみ。いずれにしても逃れられない自己という存在に一番折り合いをつけて生きていかなければならない作家の芥川だからこそ出た名言。

人生を幸福にするためには、日常の瑣事を愛さなければならぬ。

瑣事はデティール。細かいところ。日常は気づけば繰り返しのように思えてきてしまうほどの瑣事に囲まれている。それらの瑣事に無頓着に無関心にしていると見るものすべてが単一色に見えてくるように日常は単調に退屈なものになる。幸福はどこからくるのか。これら日常の瑣事を愛すことができるなら、たちまちに目の前のすべてが彩りはじめる。小さな幸福を集めることは一日を豊かにし、しいては一週間、一ヶ月、一年と積み重なり、大きな単位として、人生についての幸福と捉えることができやすくなる。芥川龍之介の人生を知ると、この言葉通りの人生とも思えないけれど、憧憬のような気持ちで悟ったのかもしれないと思い馳せてしまう名言。

我々はしたいことの出来るものではない。ただ、出来ることをするものである。

仕事をしている社会人にとっては、働くこととはなんなのか考えてしまう命題かもしれない。いま取り組んでいる仕事がしたいことではないほど、この命題について考えてしまう時間も長くなるかもしれない。ひとは、仕事を選ぶうえで、「したいこと」と「できること」が重なるようなことをすることが望ましいとされている。しかし、その重なりで仕事ができている人も多くはないだろう。仕事の本質は他者ができないことを提供することにあるとしたら、他者が評価することは、「できること」に限られる。できることをするものと、芥川龍之介のような文学への情熱や言葉への才覚があった人が語ると地に足をつかずにはいられないと同時に淡々とできることをしようと思えてくる名言。

創作は常に冒険である。所詮は人力を尽した後、天命にまかせるより仕方はない。

創作についてはよくわからないので、なんとも言えないが、ある程度自由にアウトプットすることということを創作と捉えるなら、自分でも作っているものに対して、なぜこうなったのかよくわからないような状態が創作にはある。先述の言葉「完全に自己を告白することは、何びとにも出来ることではない。同時にまた、自己を告白せずには如何なる表現も出来るものではない。」にあるように、絶えず自己と対話しながら、最後には他者のように別人格の「存在」が創作物に立ち上がり含まれてさえいる。芥川龍之介のような文豪でさえ、最後には「天命」に委ねるのだから、創作は人智の理解を越えた作業なのかもしれない。あまり肩肘はらず、ただただがむしゃらに作ることが人間にできることなのかなと思い至らせてくれる名言。

芥川龍之介の人生と仕事の名言が溢れ出ている書籍



芥川龍之介の人生と仕事の名言では学び足りない方へ

スティーブ・ジョブズの厳選21の名言から学ぶ【人生と仕事の哲学】

スティーブ・ジョブズの仕事と人生の名言 -
死ぬことを想い「いま、やりたいことをやろう」とする大切さ

スティーブ・ジョブズは元アップルの経営者。自身が立ち上げたアップルをクビにされ、世界初のコンピューターアニメーションである「トイ・ストーリー」を制作したピクサーを手がけ、再びアップルに戻ったジョブズはiPhoneを作った。この功績は映画監督のスピルバーグに「彼は人々の手元に世界を置いた」と言わしめたほど。彼の死生観からくる哲学的な言葉は魅力的であり、人生や仕事に勇気を与えてくれます。スティーブ・ジョブズの言葉から厳選した名言集を紹介します。

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17の時に、こんな名言に出会ったよ。“毎日を人生最後の日のように生きれば、間違いなく最高の人生を送れる”ってね。それ以来33年間、私は毎朝鏡を覗き込んで、こう自問し続けた。“もし今日死ぬなら、今日やろうとしていることを本当にやるか?”そして、その答えがNoである日が続いたときは、何かを変えなきゃいけないんだってわかったよ。

極論かもしれない。けれども、その極論を当然のように行動に落とし込んだ人のその行動は強度が違う。人生最後の日が今日だとしたら、どんな一日を送るだろうか?いままでしていたことを続けるだろうか?「何をしているか」や「どんなふうにしているのか」という回答ではなく、まず答えなければならないことは「なぜあなたはそれをしているのか?」ではないか。Why?これに自問自答して即答できる自分でいたいと思わされるジョブズの名言。もし今日死ぬなら、今日やろうとしていることを本当にやるか?

あなたの時間は限られている。だから他人の人生を生きたりして無駄に過ごしてはいけない。ドグマ(教義、常識、既存の理論)にとらわれるな。それは他人の考えた結果で生きていることなのだから。他人の意見が雑音のようにあなたの内面の声をかき消したりすることのないようにしなさい。そして最も重要なのは、自分の心と直感を信じる勇気を持ちなさい。それはどういうわけかあなたが本当になりたいものをすでによく知っているのだから。それ以外のことは、全部二の次の意味しかない。

もし今日死ぬなら、今日やろうとしていることを本当にやるか?さきの質問がこの言葉の背景にもつながっている。あなたが本当にしたいことができるのはあなたにとって幸せなこと。しかし、それができないで悩んでいる人も多いのではないだろうか。幸せにつながるように日々得てきた知識や人々と関係。これらがあなた自身の直感、心からの声をかき消してしまうこともあるのではないか。ドグマとジョブズは言ったあなた以外の知恵から少し距離をとって、今一度自分自身のうちにある言葉に耳を立ててみよう。ジョブズは13歳のときに、当時憧れていたヒューレット・パッカード社のビル・ヒューレットの自宅に電話をかけたそうだ。「周波数カウンタの部品をください」ヒューレットに言うと、彼は部品をくれただけでなく、夏休みにアルバイトをしないかと持ちかけきたそうだ。幼少の頃から、ジョブズは自分に正直にしたい行動をとってきた。それでも彼が残した言葉には、周囲の期待や声に自分を殺してしまうなというメッセージが込められている。ジョブズもときに弱気な自分と戦っていたのかもしれない。ほんの少しだけ、ジョブズのようになりたいときに自分自身の問うてみたい名言。

結果の平等はともかく、機会というものは誰にでも平等であると固く信じている。

結果は競争原理がある。同じ時間を割いたとして同じ結果を仮に出したとしても、他者からの評価は、2つの同じ結果に差異をつくり、順位をつける。結果は平等には与えられない。しかし、結果を得る仮定とししての機会は平等に近いものがあるのではないか。行動したものすべてに機会は目を配っている。結果を想像して、やめてしまうのではなく、まずは機会が巡ってくるのだからチャレンジしてみようか。そんなふうに気軽にチャレンジができる世界であってほしい。ジョブズはそんなふうに願い、信じていたのかと思える名言。

自分もいつかは死ぬ。それを思い出すことは、失うものなど何もないということを気づかせてくれる最善の方法です。

人はいつかは死ぬ。大前提のことだけれども、生きていくうえで忘れがちなこと。自分の生き方はあとどのくらい生きるつもりの生き方なのか。いつかは死ぬことから逆算したとき、その生き方についてどう感じたのか。死を常に意識しながら生きることは恐怖や悲しみ、寂しさと常に一緒に生きることかもしれない。けれども、それは同時に生きる喜びを最大限に感じさせてくれる生き方だと思えるジョブズの死生観ある名言。

私は、本当に好きな物事しか続けられないと確信している。何が好きなのかを探しなさい。あなたの仕事にも、恋人にも。

好きこそものの上手なれ、という日本の格言がありますが、海の向こうのジョブズも同じことを言っており、つまり、世界共通とも言える原理原則のようなものかもしれません。好きであれば没頭しますし、試行錯誤も苦にならず、成功の喜びも失敗の悔しさも人一倍感じることで、それが糧になり、エネルギーとなり、また没頭する。好循環が生まれさらにその循環が加速していくようなものです。あなたはなぜそれをしているのか?好きだから。これ以上の答えはないのかもしれません。論理を越えた感情で行動している人は、続けることにストレスが少ないでしょう。なにかをするなら、好きなことをした方が継続できるので自ずと結果も良好になる。まずなにをするか?そこから再度考えてみたくなるジョブズの名言。

すばらしい仕事をするには、自分のやっていることを好きにならなくてはいけない。まだそれを見つけていないのなら、探すのをやめてはいけない。安住してはいけない。心の問題のすべてがそうであるように、答えを見つけたときには、自然とわかるはずだ。

ジョブズは死を想えば、自分の心に正直に生きやすくなると説く。好きなことをしようと説く。もしあなたが好きなことがまだ見つからない場合でも、ジョブズは探すことをやめてはいけないと説く。探して探して、見つけたときの心の躍動をジョブズは知っているから探し続けることをすすめる。それほど好きなことをすることは特別な時間であり、生きるうえで大切なことだと伝えたいのだろう。ただただ生きるのではなく、夢中に生きる。そんな人の姿を見て人々は生き生きしていると表現する。生きることにさらに生きるを重ねた様子がこの表現にはある。まだ、見つけていないなら探し続けよう。そう思える名言。

残りの人生も砂糖水を売ることに費やしたいか、それとも世界を変えるチャンスが欲しいか?

これはペプシコーラの躍進を担った経営者ジョン・スカリー氏をアップルに引き抜く際に言った口説き文句。もちろん報酬などの条件面も最大限の提示をしているが、「世界を変えるチャンス」と自分たちがこれからやろうとしている未来について提示されたとき、スカリー氏の心は動いたのかもしれない。コーラを砂糖水と揶揄する前半部分は過激だが、同時に自分がいましていることにワクワクしているジョブズならではの口説き文句。アップルにこそ入らなくとも、この言葉を知ったあとと知る前では自分がしていることについての見方が変わる人もいるのではないか?レンガを組み上げる仕事をしているのか?教会を作っている仕事なのか?考え方でレンガひとつひとつへの姿勢が変わるのが仕事。自分がしている仕事にワクワクしているかが大切だと教えてくれるジョブズの名言。

海軍に入るくらいなら、海賊になったほうがいい。

ジョブズはおそらく漫画のワンピースを読んでいない。しかし、読んでいた人からすると、この言葉からワンピースを想起する人も多いのではないだろうか。海賊を取り締まる海軍。もちろん両者にどちらも熱い想いがあり、魅力的なキャラクターばかりだけれど、主人公は海賊であり、その魅力的な世界の中心は海賊の彼らだ。彼らの奔放な生き方が世界をまわしている。海賊がいなければ海軍はいないように、無法かもしれないほどの行動が世界を巻き込む。ジョブズはそんな海賊のような生き様を選ぶと。ジョブズの言葉は、何かと何かを比較する表現が秀逸であり、これもそのひとつの名言。

量より質が重要だ。2本の二塁打より、1本のホームランのほうがずっといい。

さきの海賊の表現と似た比較表現。人々の記憶に残るのは2塁打ではなく、ホームランだ。2塁打を2つ重ねれば、同じ1点かもしれないが、ホームランは多くの人を幸せにする力がある。同じ1点でも質がホームランに分がある。同じ1点を狙うならホームランを狙ろう。ジョブズはそう言っているようにも聞こえる。ホームランを狙った結果としての2塁打もあるかもしれない。1点はこうして得ることができる。いま自分は2塁打を狙っているのか、ホームランを狙っているのか。ひとつ狙ってみるかと思わせてくれる名言。

重要なことに集中する唯一の方法は「ノー」と言うことだ。

日常は忙しい。人間関係は複雑がデフォルトのようなもの。気づければ部屋のなかが散らかるように無秩序は広がっていくように日常はいつも忙しない。そんな日常のなかには気軽にYESと言ってしまったものはないだろうか?好きでもない物事が目の前に転がってはいないだろうか?意思決定することが面倒で、YESと受けれ入れてしまったもので溢れているとすれば、あなたの日常を取り戻すのは「NO」を答えること。心が動かないものを手放し、好きなもので周囲を埋め尽くそう。ノーと言う勇気がときには大切だと教えてくれるジョブズの名言。

我々がすることと同じくらい、我々がしないことを私は誇りに思う。

仕事は果てしないものであり、顧客を喜ばそうと思うと、いろいろなことが思いつく人も多いのではないだろうか。しかし、そのどれもを仕事として取り組むには時間もその他の資源も足りない事実に気づくと、ひとは効果の高いことから優先的に選んでやるように資源配分を組む。また、顧客の声を汲んで、あれもこれもとたくさんの機能をつけた商品で顧客は本当に喜ぶのか?マーケティング的に言うと、バリュープロポジションという、顧客が望んでいて、競合他社が提供できない、自社が提供できる価値を提供できているのだろうか?顧客が求めているのはここではないか?それには、自分たちがしたことではなく、あえてしなかったことにも自覚的に取り組むべきとジョブズの名言は教えてくれる。

墓場で一番の金持ちになることは私には重要ではない。夜眠るとき、我々は素晴らしいことをしたと言えること、それが重要だ。

夜眠るときに、「我々はiPhoneを作った」と思いながら眠るってどんな気持ちだろうか?それはあの世に持ってい聞けないほどのお金を得て、世界の長者番付けで自分は何番だろうかと想像することよりも、ワクワクしてくる気がしてこないだろうか?iPhoneを手にした人々の顔や生活が思い浮かぶ、その生活を作った一助は自分たちの商品だとしたら、これほどの嬉しいことはない。お金はもちろん重要な要素だけれど、人々の生活を彩るためにきょうも商品を作り、サービスを提供している。その日の夜に、少しでも世界を彩れたかを夢想して生きていくのはロマンチックなビジネスマンではないかと憧れるジョブズの名言。

未来を見て、点を結ぶことはできない。過去を振り返って点を結ぶだけだ。だから、いつかどうにかして点は結ばれると信じなければならない。

PCのMacはフォントがきれいなことが特徴だ。これはジョブズが大学を自主退学しても、もぐりで、文字造形の学問であるカリグラフィーの講義を受講していたことまでルーツがある。美しいフォントがPCになかった当時、自身が手がけたPCにはこれまで学んできた美しいフォントを詰め込んだ。PCに美意識を詰め込んだはじまりがMacだった。Macはデザイナーに重宝される存在になったのは、ジョブズのルーツだったひとつの点がPCに結ばれたことが大きな要因かもしれない。たくさんの点を我々はいまから未来へどう線に結びつけるか。答えはいくらでもあると勇気が湧く名言。

当時は分からなかったが、アップル社に解雇されたことは、私の人生で起こった最良の出来事だったと後に分かった。成功者であることの重さが、再び創始者になることの身軽さに置き換わったのだ。何事につけても不確かさは増したが、私は解放され、人生の中で最も創造的な時期を迎えた。

ジョブズは自身で立ち上げたアップルをクビになった。砂糖水を売っていたスカリー氏に宣告された。それからジョブズはコンピューターアニメーションの代表的な存在であるピクサーを手がけ、コンピューターによるアニメーション「トイ・ストーリー」を作った。ジョブズのの喪失経験がなければ、その後の、コンピューターアニメーションの礎でもある創造はなかったかもしれない。振り返ると、アップルを解雇されたことを人生で最良の出来事だったと語るジョブズ。人生で何が起こるか分からないということを体現して生きているような存在であるジョブズが語ると、喪失と創造の関係にはとても説得力がある。仕事をやめても、どうにでもなる。そんな開き直りをもたらしてくれる名言。

ハングリーであれ。愚か者であれ。

ジョブズの言葉でも特に有名な言葉。ハングリー精神を持つことは自分の欲求に忠実であれということ。もちろんこれはジョブズが常に伝えている自分が本当にしたいことをすべきというメッセージ。自分の欲望を感じ取り、自分のモチベーションを誰に焚き付けられるでもなく自分自身で燃やし続けることができるほどのハングリー精神を絶えず持てということ。しかし、その精神を抑えてしまう要因の一つに周囲の声がある。この声は自分が感じている以上に、無意識のうちに抑制されてしまうほどの力がある。だからこそ常に自分自身のイメージを愚かであろうとすることで、行動するうえでのハードルを外すことができる。ハングリーで愚か者であるなら、自分がしたいことを周囲の声を気にすることなく取り組むことができる。ジョブズの端的でいて愛のある名言。

スティーブ・ジョブズの仕事と人生の名言 -
デザインするということの本質を教えてくれる考え方

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デザインとは、単なる視覚や感覚のことではない。デザインとは、どうやって動くかだ。

デザインは深い。視覚的な図形や色をの組み合わせで千差万別あり、そこに美しさが求められる。センスや才能のような感覚的に定義して距離を取る人もいればだからこそと面白る人がいる。ジョブズはデザインを表面的に見るのではなく、見た人が手にした人がどんな反応をするかやどんな使い方をするかまで考えてデザインした。iPhoneがはじめて出たとき、説明書もなくともみなが直感的に使い、使いながら使い方を学習し、ついには自分仕様の携帯電話になるところまで作った。スティーブ・ジョブズはトーマス・エジソン以来の発明家だった。彼は私たちの指先に世界を置いてくれた。スピルバーグは彼の功績をこう讃えた。デザインは受け手の心や世界するデザインしてくれると気づかせてくれる名言。

消費者に、何が欲しいかを聞いてそれを与えるだけではいけない。完成するころには、彼らは新しいものを欲しがるだろう。

消費者はその商品を手にしたときまでそれが欲しいという欲求がないと言われる。つまりニーズが言語化されていないものを生産者は感じ取り、形にしてみせる力が必要だ。御用聞きのように何でもかんでも消費者の声を取り入れたものが大ヒット商品になったのはことは少ないのではないか。それよりもなぜいままでこれがなかったんだ、こんなものが欲しかったんだ、自分のために作られたものじゃないかと、自分を承認肯定されたような共感がともなうものではないか。そんな商品を作るのは難しい。消費者が本来求めている本質を捉え形にすることは、難しくはあるけれども面白い予感がしてくる名言。

テレビを観るのは、自分の脳のスイッチをオフにするためであり、コンピュータで仕事をするのは、脳のスイッチをオンにしたいときでしょう。

ジョブズがPCの役割について語った言葉。PCはおもになにかを作るときにその機能を最大限発揮するもの。人々の仕事の生産性を高めてくれるもの。その本質をこの言葉で表現した。Macを触っているときのテンションが上がる感じは仕事への集中力を高めてくれる効能さえある。PCとはどうあるべきかまで考えこまれ思想まで込められた製品だからこそ多くの人を惹きつけるMacなのかもしれないと思わせてくれるジョブズの名言。

顧客はより幸せでよりよい人生を夢見ている。製品を売ろうとするのではなく、彼らの人生を豊かにするのだ。

コチラの言葉もジョブズの製品開発やビジネスについての考え方を端的に表現している言葉。顧客は人生を豊かにすることが目的であり、それを叶えてくれる商品を買う。マーケティングで有名な言葉に、「顧客はドリルではなく穴を買っている」という言葉がある。ドリルという製品ではなく、ドリルを使用することでできる穴を顧客は求めて、ドリルを買う。この視点がなく、競合他社のドリルより優れいてるかという比較の部分のみで商品開発をしてしまうと本質を誤りかねない。人生を豊かにするための商品やサービスを作ろうと思える名言。

革新的なことをしていると、たまに過ちを犯す。一番良いのは、すぐその過ちを認めて、次の革新を急ぐことだ。

本質を求め、革新的なことをしてきたことは、誰もしていない事例を現在進行系で作っているようなものだから、ときに過ちも生まれることだってある。しかし、そこでやめずに、過ちを認めまた、革新的なことをし続ける。過ちが発生することを織込み済みしてしまい、それすら認め改善するマインドも常に織込み済みしてしまえば大丈夫。ジョブズの名言はそう教えてくれる。

シンプルであることは、複雑であることよりもむずかしいときがある。物事をシンプルにするためには、懸命に努力して思考を明瞭にしなければならないからだ。だが、それだけの価値はある。なぜなら、ひとたびそこに到達できれば、山をも動かせるからだ。

デザインすることは視覚的なことではなく、自分の思考すらデザインできるとジョブズは言っている。複雑になりがちな思考もシンプルに整理しておくことで、山をも動かす力があると。頭の良い人というのはいろんなタイプがいるだろうけれど、物事をシンプルに捉え、シンプルに思わぬ事柄を結びつける人がいある。彼ら思考のスピードや発想の豊かさは、思考が常にシンプルに整理されているからかもしれない。シンプルに考えようと思えてくる名言。

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