野村克也の厳選15の名言から学ぶ【人生と仕事の哲学】

リーダー

野村克也の仕事と人生の名言 -
リーダーや指導者にとっての嫌われる勇気の大切さ

野村克也さんは元プロ野球選手、監督。監督時代には、ID野球というデータ重視の考える野球を提唱し、数々のタイトルをものにした。彼の指導力や、選手を見る目、本質を掴む言葉に著作は多数。人生や仕事に勇気をくれる哲学的な言葉が魅力的です。野村克也さんの言葉から厳選した名言集を紹介します。

成長
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好かれなくても良いから、信頼はされなければならない。嫌われることを恐れている人に、真のリーダーシップは取れない。

リーダーに限らず、信頼関係を築く上で間違ってしまいがちなことは、好かれようとすること。それが邪魔して、YESとなるべく答えてしまったり、相手に必要な言葉や、プロジェクトとはズレたことをしてしまう。目的を明確にし、そこに適した人間関係を構築することもスキルのひとつ。人間関係は一番難しいスキルといっても良いけれど、野村克也氏の信頼を目指すことを頭の片隅に残しつつ人と接するだけでも少し前進する気がする名言。

「叱る」と「褒める」というのは同意語だ。情熱や愛情が無いと、叱っても、ただ怒られているというとらえ方をする。

大事なことは情熱と愛情があるかどうか。指導において他人に対し指摘する発言の質の以前にまず、自分自身にその人に対しての熱量があるかどうかを認識すべき。その人にあるかというよるも同じ目標や目的対して、達成するための熱量があるかどうか。そこに自信をもって熱量を注げていないようであれば、どんな指導も相手には響かない。まず自分自身の内面を整理し自覚的になることがはじめようと思える。嫌われてもいい気づいてくれれば。そんな気持ちを込めた野村克也氏のぼやき口調が浮かぶ名言。

ナポレオンは「人間を動かす二つのテコがある。それは恐怖と利益である」と言った。私はこの二つに「尊敬」を加えたい。リーダーは「利益と尊敬と、少しの恐怖」で組織を動かしていくべきで、その潤滑油が「笑い(ユーモア)」だ。

恐怖政治という言葉には、相手を恐怖によってコントロールするひとつの方法がある。しかし、それはどこかの国のクーデターのように、暴力での解決しようのない解決が繰り返される。インセンティブ。動機。相手にとっての利益を提供することでマネジメントする方法論がある。ビジネス組織ではインセンティブとして報酬などがある。相手が欲しがるインセンティブを提供することで組織全体の目的を達成することの大きな方向性を同じに方角に向けることができる。しかし、これらの2つは短期的、あるいは中期的なマネジメントには効果を示すだろうが、長期的には難しい。それは相手の内面が決して、この組織に満足してより良い組織にしたいというポジティブな感情ではないから。野村克也氏はそこに「尊敬」を加えた。尊敬は互いを尊重し、敬意を払う心情。ナポレオンの組織論にポジティブさが加わった。ナポレオンの辞書に不可能の文字がなかったという名言ではないが、尊敬が加わった組織に不可能はない。加えて野村克也氏は「笑い」まで込める。名将が名将たる所以かもしれない。複雑になりがちな組織論の指針にした名言。

全盛期を過ぎ、落差に耐えつつ、必死にやる、なんてことを惨めと感じる人はいるでしょう。ところが、僕はそうは思わないんですよ。なりふり構わず、自分の可能性を最後の最後まで追求する。そのほうが美しいという、これは僕の美意識です。

アスリートのパフォーマンスにはピークがある 。ピークのまま辞める人もいれば最後まで続ける人もいる。やめときを決められるのは幸せだその幸せを噛み締めながら最後まで泥臭く肉体の限界まで続ける。それはとても幸せなことではないだろうか。美意識と幸せが手を結ぶように自身の体で共存させる。誰かにやめろと言われてもやめない。決めるのは自分。誰かに嫌われても、自分が自分を嫌いにならなければいい。嫌われても良い。そう思える野村克也氏の勇気を与えてくれえる名言。

野村克也の仕事と人生の名言 -
成長の過程にある苦悩から解放する考え方

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「どうするか」を考えない人に、「どうなるか」は見えない。

野村克也氏は現役時代、まっすぐ投げることができていないことを先輩に指摘された。野村克也氏は実はボールの握り方も知らずにボールを投げていたそうだ。どうすれば、まっすぐボールが投げられるか。握り方から投げ方、身体の使い方を考えた。考えることの重要性を感じたそうだ。物事の上達方法のひとつには、自分のしている行動の一挙手一投足を言語化できるかどうかがある。自分の言葉で説明できるのであれば、原因が分かる。つまり結果を変える変数が分かる。考えることは重要だと再確認させられる名言。

重荷があるからこそ、人は努力するのである。重荷があるからこそ、大地にしっかりと足をつけて歩いていける。

野村克也氏は、選手として活躍できない時期、解雇寸前の交渉時に「クビになるようなら生きていけません。南海電鉄に飛び込んで自殺します」と嘆願した。当時の球団人事からは、「お前は活躍できない」と苦言を言われつつも何とか残ったそうだ。結果を出すしかないギリギリの状況のプレッシャーは計り知れない。重荷のようなものを感じながらも結果を残すことがプロには求められる。それがアマチュアとプロの違いかもしれない。けれども、その重荷こそが地に足の着いた自分自身にしてくれる。現状を認めてこそ、現状を変えることができる。野村克也氏のその後の活躍は誰もが知っている。重荷を前向きに捉えることができる名言。

「恥ずかしい」と感じることから進歩は始まる。

野村克也氏は選手時代当初、カーブが打てなかった。観客席からは、「カーブの打てないノ・ム・ラ!」「カーブのお化けが来るぞ!」といいった野次を浴びたほど。そんな悔しさや恥ずかしさで野村克也氏は終わらず、どうすればカーブが打てるか考えた。投手それぞれのピッチングのクセを見つけ、カーブを事前に見破ることでカーブの打てない野村を克服した。野村克也氏の苦手克服方法には徹底的な観察がある。現状の見てる世界になかった視点や解像度で見つめると、自分を変えるヒントを見つけることができると教えてくれる名言。

失敗の根拠さえ、はっきりしていればいい。それは次につながるから。

上記のカーブ克服方法につながるが、なぜ自分が失敗したかが分かることが克服の第一段階かもしれない。失敗を受け止め、言語して、原因と結果を説明できることができれば、あとはその過程のあいだにある自身の行動を変えるだけ。ひとつひとつ、失敗の過程を分解してみればいい。それは悔しいし、恥ずかしい作業かもしれない。しかし、そこに向き合い、改善点を明確にしなければ次にはつながらない。逆に言えば、次につなげるということは、失敗から学ぶ、それだけでいい。成長はとてもシンプルな方法でできると教えてくれる名言。

ちっぽけなプライドこそ、その選手の成長を妨げる。

自己を過大評価した瞬間から、思考の硬直が始まる。

プライドは成長を邪魔する。なぜプライドが成長を邪魔するだろうか。失敗に学ばないからだ。失敗を偶然とみなし、せっかくの成長の機会を自ら奪う。自信を持ってプレーすることは必要だけれども、過信は良くない。過信による怠慢なプレーは結果も怠慢になるのは当然。プライドや過信には自身の思考を硬直させるからだめだと野村克也氏は説く。思考が硬直するということは学習されていない証であり、日々複雑な環境の変化に気づいていないという証明である。勝負の世界では相手の変化に気づけず、ビジネスの世界では経済の時代性に気づけない。それでは誰も自分を評価するはずもない。プライドも過信も捨てて、柔軟な思考こそ成長の姿勢だと再認識させられる名言。

どうやったらライバルとの競争に勝てるか考えたとき、1日24時間の使い方の問題だ、と思った。

生まれ持った才能や環境は選べない。不公平な気持ちに歯ぎしりしたくなる日もある。それでも誰もが平等に与えられたその日は、みな24時間という事実がある。時間は誰しもに与えられた公平な資源であり、スケジュールとしてコントロールできるもの。ライバルに勝りたいなら、この24時間をコントロールして、最大限の成長を目指す。逆に言えば、成長したいときに、その物事にどのくらい時間を使っているかについて自覚的になるべきだ。可視化させた時間に対し、少ないと感じれば、どう増やせるかを考える。成長するための時間を確保することから始めたくなる名言。

不器用な人間は苦労するけど、徹してやれば器用な人間より不器用な方が、最後は勝つよ。

自分のことを不器用だと思っている人は多いのではないだろうか。この言葉はとても勇気を与えてくれる言葉。徹してやることで不器用な人間が最後には器用な人間に勝つ。それは、これまでの野村克也氏の名言から考えれば、不器用な人間には自分の不得手に対し認識が深く、数ある失敗を学習の機会に変えることができるチャンスが存在するということかもしれない。不器用な人が、器用な人よりも多く持っているもの、それは「失敗」の数。失敗を活かして成長に成長を重ねよう。

敵に勝つより、もっと大事なことは、常に自分をレベルアップすること。

勝負事であれば、目の前の敵や、近くにいるライバルなどの存在が分かりやすい現状認識や目標設定となり、成長の糧になる。しかし野村克也氏は、それ以上に有効なこととして、自分自身をライバルと見立てることこそが成長するために重要な考え方だと説く。昨日の自分よりも成長しているか。周囲の環境は絶えず変化し、ときに目標を見失うこともあるかもしれない。それなら、昨日の自分を意識すれば、見失うということがなくなる。むしろ毎日に成長の機会が生まれる。自分と向き合いたくなる名言。

限界が見えてからが勝負だ。

成長で大事なこととして、過去の自分自身と比べてみることが有効だと先述の野村克也氏の言葉で挙がっていたが、時間軸を基準に考えると、過去の自分だけでなく、現在の自分、未来の自分という存在が浮上する。限界を感じるという感覚は、現在の自分と未来の自分との喜ばしい差分が想像できないときに覚える。それは同時に未来の自分との勝負である。未来からの挑発のようなものであり、または自分自身との勝負には終わりがなく、ときにその絶え間なさに嘆く現在の自分の心情とも言える。詰まるところ、成長は過去から未来の間にいる現在の自分の内面が試されている。成長は自分との勝負。そこには誰も傷つけることがない勝負が繰り広げられる。負けたり勝ったりのリーグ戦のような勝負。楽しもう。

「もうダメ」ではなく、「まだダメ」なのだ。

限界を感じたときに口にする言葉「もうダメ」。野村克也氏はアスリートとして、敵だけでなく、自分自身との勝負にも身を置いてきた。その環境は、自分の内面から絶えずあふれる弱音に対してもコントロールする術を身につけさせた。たったいま心から出た「もうダメ」を「まだダメ」にしてみる。すると、僅かな可能性が未知数なもの広がりをみせた。まだダメならどうすれば良くなるか?言葉ひとつで、思考は回りだす。できない理由でなく、できる方法を考えだす。もうからまだへ、たった2文字の言葉を変えるだけでまた勝負に臨める名言。

野村克也の人生と仕事の名言が溢れ出ている書籍



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