
作家、言葉で物語を描き、世界をつくり、思想を込めるひと、そして過去から現在まで読みつがれる作品を世に残したひとを文豪と呼びます。
ここでは文豪と言われた人々の仕事や人生に役立つ言葉を名言集として紹介します。
目次
【文豪】 夏目漱石
夏目漱石は日本を代表する文豪です。
夏目漱石はどんなひと
- 夏目漱石の幼少期には里子や養子などに出され、実親、養親、との関係など大人に振り回されていた時を過ごす。
- 学問においては英語で頭角を表した。学生時代から厭世主義・神経衰弱にかかっていたとも
- 夏目漱石は英留学、講師、新聞社勤務、作家と多様なキャリアを歩んでいます。
- 夏目漱石の思想や文学観には「則天去私」の境地(小さな私にとらわれず、身を天地自然にゆだねて生きて行くこと)が流れています。
- 晩年には胃潰瘍に悩まされ、執筆中の『明暗』が未完成となりました。
- 彼を慕う集いに「木曜会」というものがあります。メンバーにはそれこそ文豪が多くいました。
木曜会メンバー
- 赤木桁平
- 芥川龍之介
- 阿部次郎
- 安倍能成
- 岩波茂雄
- 内田百閒
- 江口渙
- 菊池寛
- 久米正雄
- 小宮豊隆
- 鈴木三重吉
- 高浜虚子
- 津田青楓
- 寺田寅彦
- 中勘助
- 野上豊一郎
- 野村伝四
- 林原耕三
- 松岡譲
- 松根東洋城
- 森田草平
- 和辻哲郎
夏目漱石の、悲しみを笑いにする文体で読者を楽しませ続けています。
夏目漱石の名言
君、弱い事を言ってはいけない。僕も弱い男だが、弱いなりに死ぬまでやるのである。
あらゆる芸術の士は、人の世をのどかにし、人の心を豊かにするがゆえに尊い。
愛嬌というのはね、自分より強いものを倒す柔らかい武器だよ。
金は大事だ、大事なものが殖えれば寝る間も心配だろう。
このほか、47の言葉、さらに夏目漱石の名言を読みたい方はこちらをご覧ください。
【文豪】 芥川龍之介
芥川龍之介は日本を代表する文豪です。
芥川龍之介はどんなひと
- 「芥川賞」は彼の日本文学への功績からつけられました。
- 芥川龍之介の実力を見つけたのは夏目漱石。芥川龍之介は彼を師と呼ぶ
- 芥川龍之介はお風呂が嫌いで、全然お風呂に入らなかった。
- 学業は成績優秀、有名大学を2番で卒業。同時に執筆もしていた。
- 心を病む。作品「河童」には、自身の体験か、現実から乖離世界が描かれている。
- 最期は自殺をし、35歳でこの世から去る。
芥川独特の皮肉の効いた文体でいまも読者を楽しませ続けています。
芥川龍之介の名言
どうせ生きているからには、苦しいのはあたり前だと思え。
阿呆はいつも彼以外のものを阿呆であると信じている。
幸福とは幸福を問題にしない時をいう。
道徳は常に古着である。
このほか、8の言葉、さらに芥川龍之介の名言を読みたい方はこちらをご覧ください。
【文豪】 太宰治
太宰治は日本を代表する文豪です。
太宰治はどんなひと
- 太宰治の幼少期は裕福な家庭に生まれ学業も優秀。
- 太宰は20歳の歳にはじめての自殺未遂をはかる。
- 芥川龍之介を敬愛している
- そんな「芥川賞」が欲しくも落選が続く、審査委員に4メートルの手紙を書く
- 『斜陽』がベストセラーになり、作家仲間からの陰口を偶然聞いてしまったあとに、奥さんの前で泣いていたそうです。
太宰治は、自己破滅型の私小説作家と称され、作風は自己懐疑のなかにアイロニーとユーモアを込めたものが多いです。
太宰治の名言
笑われて、笑われて、つよくなる。
一日一日を、たっぷりと生きて行くより他は無い。明日のことを思い煩うな。明日は明日みずから思い煩わん。きょう一日を、よろこび、努め、人には優しくして暮したい。
恋愛は、チャンスではないと思う。私はそれを意志だと思う。
このほか、36の言葉、さらに太宰治の名言を読みたい方はこちらをご覧ください。
【文豪】 宮沢賢治
宮沢賢治は日本を代表する文豪です。
宮沢賢治はどんなひと
- 仏教信仰と農民生活にもとづかれた作品を多く輩出。
- 彼の作品自体は、生前は一般の方にほとんど知られていなかったそうです。
- 度々病気に伏していた彼が作家として唯一受け取った原稿料は5円だけでした。
- 信仰の違いから父親との確執もあったそうです。
- その後、彼の作品をいまでも読みつがれ、日本を代表する作家のひとりになりました。死の直前にようやく父親に褒められたそうです。
- 37歳でこの世を去りました。
宮沢賢治は、自然や宇宙のなかにある人間という宇宙観や死生観をときに強く、ときに優しく、老若男女に語りかけてくれる言葉が特徴的です。
宮沢賢治の名言
すべてがわたくしの中のみんなであるやうに、みんなのおのおののなかのすべてですから。
風からも光る雲からも諸君にはあたらしい力が来る。
自分が真実から目をそむけて子どもたちに本当のことが、語れるのか。
すべてあらゆるいきものはみんな気のいい、かわいそうなものである。けっして憎んではならん。
このほか、49の言葉、さらに宮沢賢治の名言を読みたい方はこちらをご覧ください。
【文豪】 萩原朔太郎
萩原朔太郎は日本を代表する文豪、「日本近代詩の父」と称される詩人です。
萩原朔太郎はどんなひと
- 病弱かつ神経質で孤独を好んだ。
- 学業は中学で落第し、高校受験失敗、熊本の高校在学中落第、岡山の高校に転校し落第。大学は退学。再入学し退学。その後、京大を受験も不合格。早稲田受験も途中で断念。
- 芥川龍之介との交流。同じ東京の田端に住んでた時があり、ある朝、芥川龍之介が萩原朔太郎の詩を「寝床」で読んで、感激のあまり、寝巻きのまま朔太郎の家まで走ってきて「良かったよ」と伝えたそう。
- 55歳でこの世を去りました。
萩原朔太郎は、自然や宇宙のなかにある人間という宇宙観や死生観をときに強く、ときに優しく、老若男女に語りかけてくれる言葉が特徴的です。
萩原朔太郎の名言
詩は悦ばしいものであるけれど、詩を求める人生は幸福ではない。
幸福人とは、過去の自分の生涯から満足だけを記憶している人々であり、不幸人とは、それの反対を記憶している人々である。
人は新しく生きるために、たえず告別せねばならない。すべての古き親しき知己から、環境から、思想から、習慣から。
懺悔者の背後には美麗な極光がある。
このほか、24の言葉、さらに宮沢賢治の名言を読みたい方はこちらをご覧ください。
【文豪】 三島由紀夫
三島由紀夫は日本を代表する文豪、ノーベル賞候補にもあがった作家です。
三島由紀夫はどんなひと
- 父とは文学活動において大学時代まで軋轢があった。
- 16歳で文壇へのデビュー作となる『花ざかりの森』を発表。
- 川端康成は三島を認め、三島由紀夫は川端康成を敬愛していた。
- 幼少時、虚弱体質だったコンプレックスからボディビルを始めた。
- 晩年は、古き日本への憧れを強めていいく。
- 天皇制への格段な思い入れもあり自身を「皇国主義者」と名乗っていた。
- 1970年、自衛隊市ヶ谷 駐屯地で、割腹自殺、「三島事件」と呼ばれた。
三島由紀夫は、強さや若さにある美や、古き良き日本への憧憬を思想にした人物です。読む人を選ぶほど、研ぎ澄まされた言葉が特徴的です。
三島由紀夫の名言
アイデンティティーとは指紋である。最終的に一つあればいいんだ。
あらゆる種類の仮面のなかで、「素顔」といふ仮面を僕はいちばん信用いたしません。
この世には最高の瞬間といふものがある。この世における精神と自然との和解、精神と自然との交合の瞬間だ
この世に一つ幸福があれば必ずそれに対応する不幸が一つある筈だ
このほか、48の言葉、さらに宮沢賢治の名言を読みたい方はこちらをご覧ください。
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【文豪・作家の名言、一部抜粋】
内田百閒
言葉のない音楽を聴いて出る涙は一番本物の涙だという気がする
トーマス・マン
作家とは書くことが他の誰かより難しい人たちのことだ。
エーリヒ・マリア・レマルク
謙虚さと誠実さが賞賛されるのは小説の中だけだ。現実の世界では、それらは食い物にされ、どここかに追いやられてしまう。
ハーマン・メルヴィル
力強い本を書くためには、力強い主題を選ばねばならぬ。
吉川英治
晴れた日は晴れを愛し、雨の日は雨を愛す。 楽しみあるところに楽しみ、楽しみなきところに楽しむ
レフ・トルストイ
わたしたちは踏みなれた生活の軌道から放りだされると、もうだめだ、と思います。が、実際はそこに、ようやく新しいものが始まるのです。生命のある間は幸福があります。
ジョルジュ・バタイユ
個々の存在はひとりで生まれ、ひとりで死ぬ。ある存在と他の存在との間には深淵があり、非連続性がある。この深淵は、たとえば私の話を聞いているあなた方と、あなた方に話をしている私との間にも在るのだ。
O・ヘンリー
人間にとって大切なのは、この世に何年生きているかということではない。この世でどれだけの価値のあることをするかである。
アガサ・クリスティ
本の構想を練るのに一番いいのは、お皿を洗っている時よ。
サミュエル・ジョンソン
作家は本を始めるだけだ。読者が完成させる。
※記事掲載していない人物もいます。