きょう、 12月02日 に生まれたひとの言葉

志村けんの厳選47の名言から学ぶ【人生と仕事の哲学】

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志村けんは、日本を代表する芸人、コント師です。

昭和のお笑い界のグループ「ドリフターズ」のいち員であり、志村けんとしても昭和、平成、令和までコントを作り続けたひと。

「自分の一生なんだから、自分が好きなことを思い切りやればいいと思う。売れるか売れないか、先のことは誰にもわからないけど、自分が納得いくまでやれば、それでいいんじゃないか。」

お笑いが好きで、コントが好きで、面白いことをずっと続けてきたひと。

好きなことやる、シンプルで奥深い、その言葉は多くのことを教えてくれます。

志村けんの人生や仕事に対しての哲学的な言葉から厳選した名言集を紹介します。

志村けんはどんなひと?

志村 けんは、日本のコメディアン、お笑いタレント、司会者。東村山市名誉市民。 ザ・ドリフターズのメンバーとして活躍する傍ら、亡くなるまで自らが持つ番組でコントを披露し続け、芸能界に大きな功績を残した日本を代表するコメディアンである。
生年月日: 1950年2月20日

Wikipedia

志村けんを物語るエピソード

  • 厳格な父がお笑い番組を観ている時だけは、親父も声を出して笑っていた体験から、お笑い芸人の世界に憧れを抱くようになった。
  • ドリフターズの付き人を1度脱走したことがあるがまた戻ってきた。いかりや長介は「二度も弟子入りする奴は、よくよく好きなんだろう」と出戻りを認めてくれた。
  • 22歳で冠番組を持つも、知名度の低さ、ネタの少なさもあり人気は低迷。いかりや長介はテレビのレギュラーが決まる前からそのことを危惧していた。
  • 『バカ殿』で共演していた東八郎に「東さんはいい歳になってもなぜ馬鹿な演技が出来るのでしょうか?」と尋ねた時、東から「芸人が本当は利口だと思わせようとしたり、文化人面したりするようになったらおしまい」と言われた。志村はこの言葉に深く感銘を受け、東に尊敬の念を抱いていたと何度も発言している。
  • ビートたけしは志村をはじめ、ドリフターズに好意を持っており「たけし軍団はドリフターズを意識して結成した。こんなバカな人間が大変な賞をもらった事に、初心に帰ってバカをやらないといけない」とカンヌ国際映画祭のインタビューで話した。
  • タカアンドトシが、自身の持ちギャグである「欧米か!」をこのまま続けて行くべきか真剣に悩んでいた際、「このままずっとやり続けるべきだ」と励ました。
  • 『天才!志村どうぶつ園』で共演していた相葉雅紀を弟子のように可愛がっており、しばしば自分の人生論などを伝授した。志村死去直後の同番組で、相葉は(所属するアイドルグループ嵐のメンバーの中では)ドラマや芝居のオファーが少なかった頃、志村から励ましを受け救われた旨を述べている。
  • ソウル・ミュージック、ファンク、ジャズなど、あらゆる分野の音楽に興味を示し、自宅には膨大な数のレコードやCDのコレクションがある。「ヒゲダンス」で使用されたBGMがテディ・ペンダーグラスの「Do Me」のリフをループしたもの。

参考:Wikipedia

西暦 日付 年齢 エピソード・実績
1950年 2月20日 0歳 誕生
1963年   12歳 中学生の頃から本格的にお笑いを仕事とすることを決心する。
1968年   18歳 高校卒業間際にいかりや長介の家へ直接押しかけ、弟子入りを志願。
1972年   22歳 井山淳とお笑いコンビ・「マックボンボン」を結成し、「志村健」の芸名で芸能界デビュー
1973年   23歳 「メンバー見習い」の扱いで、「志村けん」に改名した上でドリフに加入。
1974年   24歳 ドリフの正式メンバーに昇格。
1976年   26歳 2年ほどスランプだったが「東村山音頭」を歌ったことで、これにより一躍人気者となる。
1979年   29歳 加藤茶との「ヒゲダンス」が人気を博した。
1985年   35歳 『全員集合』が終了し、ピン活動に、ドリフとは一線を画した独自のコントスタイルを確立し、第2の人気ピークとなる。
1999年   49歳 映画『鉄道員(ぽっぽや)』には出演。
2005年   55歳 ビートたけしと組んで1時間半のコント番組『たけし☆志村 史上最強の爆笑スペシャル!!』を制作。
2006年   56歳 「理想のお笑い」を追求すべく、東京芸術劇場で『志村魂(しむらこん)』と銘打った舞台を上演。
2020年 3月29日 70歳 肺炎のため、逝去。

志村けんの人生の名言 -好きなことに気づくことの大切さを教えてくれる言葉

志村けんの父は厳格なひとだったそうで、笑いの少ない家庭でしたが、お笑い番組を見ているときだけ父親も笑っていたそうです。

その憧憬が志村けんをよりお笑いについて追いかけるきっかけになったのかもしれません。

「夕飯のとき、お笑い番組をつけていると、それを見て親父がクスッと笑う。その瞬間、家のなかがパッと明るくなるのが嬉しくてね。「ああ、笑いの力ってすごいんだな」って。」

「お笑いって基本的にあったかいものだと思うんですよね。」

自分と周囲の関係性が温かいと思える瞬間はどんなときか?それはどんなことがきっかけだったのか?

反対にどんなときに冷たく重く暗くなるのか?そしてそれはどんなことがきっかけだったのか?

志村けんの場合は、お笑いであり、幼少の原体験で気づいたことでした。好きなことに気づくことは、ヒントが含まれている言葉です。

志村けんの言葉は人生に対して、好きなことをする大切さを教えてくれます。

自分の人生について考えさせられる名言を紹介します。

いろいんな人たちを遊びの場で見てきた。思うのは、人生は不公平だってこと。若いときからずっと恵まれている人もいる。急上昇して急降下する人もいる。人生の後半にピークを迎える人もいる。ずっと恵まれない人もいる。人生というゲームの勝ち負けに一定の法則がないことは、これを見てもあきらかだろう。ただし、ひとつ言えることがある。ずっと恵まれてみえる人はみな必ず努力していることだ。例外なくね。

お笑いって基本的にあったかいものだと思うんですよね。

(お笑いを続けられる理由は?)人の笑顔とか好きなんでしょうね。

みんなと同じだったら、一番楽だろう。不安もなくなる。でも、その代わり個性もないってことになる。あいつは変わってる、と言われるのは光栄なことだ。1回きりしかない人生なんだから、自分の好きなように、自分に正直に生きようよ。

自分の一生なんだから、自分が好きなことを思い切りやればいいと思う。売れるか売れないか、先のことは誰にもわからないけど、自分が納得いくまでやれば、それでいいんじゃないか。

夕方近くになっても宙ぶらりんという人は、能力や才能がないというより、自分自身を解放できず、気持ちが萎えてしまって、うまく出来ないでいることが多いと思うんだ。これまでつき合ってきた自分じゃうまくいかないなら、こころの中で「変なおじさん」にヘンシ~ンって掛け声をかけてみたらいい。臆することなく思いきって、やれる。

「お金は利を得るために使うもの」という意識をいつも持っている。

客席の千何百人が一斉にドカーンって笑ってるのを舞台の上で見るのって、とてつもない快感なんです。パワーをあげてると同時にもらってるというか。ちょっとした快感じゃなくて、ものすごい快感。そのために、裏で苦労して考えて考えてより面白いことを追求することができるんだと思います。

自分が30代、40代につくってきたコント。いまの自分にとっては宝物ですよ。

多少辛いとか何とかあってもね、舞台でウケちゃったときの気持ちよさ、あの感覚はやめられないね。

後ろを振り返る余裕もなく、時間に追われるまま、ただただ無我夢中で走っていたという感覚です。いまそれを「やれ」と言われても、絶対できないでしょうね。

中学生のころからお笑いが好きで、もう一生の仕事だと思っていました。途中で辞めようと思ったこと?ないですね。

とにかく面白いコントを作りたい。そう思わせた最大の要因は、やっぱり育ってきた家のなかの暗さにあったんじゃないかな。親父は小学校の教頭をやっていたんですけど、ガチガチの堅物でね。普段はニコッともしない。しかも講道館柔道の5段なんですよ。講道館柔道というのは実践的なケンカ柔道で、実質的には5段以上はいないと言われてて、ホント、こわくてね。下手に口答えでもしようものなら、すぐにバーンと足払いですから。そんな家に、笑いなんかあるわけないじゃないですか。そんな雰囲気のなか、夕飯のとき、お笑い番組をつけていると、それを見て親父がクスッと笑う。その瞬間、家のなかがパッと明るくなるのが嬉しくてね。「ああ、笑いの力ってすごいんだな」って。

志村けんの人生の名言 -探し続けることの大切さを教えてくれる言葉

「自分自身の絶対条件がクリア出来れば、その他の項目には目をつぶる。人間の欲望や要求にはきりがない。「三割満足で十分」でいけば、世の中腹の立つことも少なくなるだろうし、けっこう丸く収まると思う。」

「俺ね、コントをつくっていくのに、「このへんでいいかな」という妥協ができないんです。そのかわり私生活はだらしないけど、こと笑い、番組作りとなると譲れない。とことん考えに考え抜いて、実際、胃に穴が空いちゃったこともありますから。」

志村けんの2つの言葉は、自分がこだわっているものと、そうでないものの基準値が違うこと、違くても良いこと、調整していくことでそれぞれに満足を得られることを教えてくれます。

基準値を調整するためには、まず自分がなににこだわっているのかを知ることが大切です。

志村けんの生き方や言葉は多くのヒントが含まれています。

自分を信じ生きようと思える言葉・名言を紹介します。

気取らないこと。とにかく飾らない。自分を大きく見せようとする段階で人はうそをつくし、それはすぐに見破られるものですよ。

モテる秘訣は、子供の心に大人の財布。

ムダなことでもなんでも知ってた方がいい。知らないと損をすることはあっても、知ってて損することはないから。

自分自身の絶対条件がクリア出来れば、その他の項目には目をつぶる。人間の欲望や要求にはきりがない。「三割満足で十分」でいけば、世の中腹の立つことも少なくなるだろうし、けっこう丸く収まると思う。

これからお笑いをめざそうとするのなら、なんでもそうだと思うけど、自分が好きでこの道だと決めた以上、あとはどん欲にやるしかない。この世界は、待ってても誰も来ないから。

俺ね、コントをつくっていくのに、「このへんでいいかな」という妥協ができないんです。そのかわり私生活はだらしないけど、こと笑い、番組作りとなると譲れない。とことん考えに考え抜いて、実際、胃に穴が空いちゃったこともありますから。

本当に笑いをとるのはリアクションだ。

志村けんの仕事の名言 -「非常識なことをするためには、まず常識を知らなきゃいけないんだよ。」仕事について考えさせられる言葉

「非常識なことをするためには、まず常識を知らなきゃいけないんだよ。」

お笑いというものの本質についての言葉。同じような言葉を芸人、松本人志も語っています。

「お笑いの人間て常識ありますよね。すごい常識人間の集まりやと思うんですよ。だから非常識なことができるんやと思うんですよ。」

お笑いと常識について志村けんは、

「常識を知らないと本当のツボというものがわからない。常識は基本線で、お笑いはその常識をひっくり返すところで、コントとして成り立っている。だから笑えるワケよ。お笑いに限らず、常識をバカにする奴に、常識を超えたことは絶対にできない。」

ひとと違うことが求められるお笑いだからこそ、違いを作るために「ひとと同じ」ということを知らないといけない。

基本を知ることで、違いをつくることができる。これは、どんな仕事でも通じる考え方かもしれません。

志村けんの「ヒゲダンス」の後ろに流れてるBGM、あれは音楽好きな志村けんが選定したもので、ルーツはテディ・ペンダーグラスの「Do Me」のリフをループしたものだそうです。

「ムダなことでもなんでも知ってた方がいい。知らないと損をすることはあっても、知ってて損することはないから。」

ドリフターズ時代の学校コントの英語授業で、アー・ミー・マーというギャグがありますが、これも、英語の一人称変格のI – MY – ME – MINEと、志村が好きなビートルズの曲『アイ・ミー・マイン』(”I Me Mine”)にヒントを得て変化(所有代名詞の部分を省略)させたものだそうです。

自分の知識と常識から外したもので笑いをつくり、自分の愛した音楽でさらにより面白い笑いをつくったひと。

あらゆることが学びになり、自分の表現の質を高めてくれます。

彼の言葉には、仕事についてヒントになる言葉も多くあります。

今日と明日の自分の仕事について考えたくなる言葉をご紹介します。

非常識なことをするためには、まず常識を知らなきゃいけないんだよ。

常識を知らないと本当のツボというものがわからない。常識は基本線で、お笑いはその常識をひっくり返すところで、コントとして成り立っている。だから笑えるワケよ。お笑いに限らず、常識をバカにする奴に、常識を超えたことは絶対にできない。

なんの仕事にしてもそうだと思うけど、本当に嫌だったら辞めればいい。でも、辞めないってことは、自分が好きで選んだ道だということだし、やり遂げる責任も負うことになる。だから、少々嫌なことやつらいことがあっても、それは自分が我慢すればいいことじゃないかな。

やっぱり子供たちにバカだと思われているのはいい。お笑いをやってて、子供にまで「あれは芝居してるんだよ」なんて言われたら、みっともない。バカだと思われてるってことは、そう「見える」ってことだから、演じてる者にとっては一番うれしい誉め言葉だ。

おいしいところをゲストに。それは僕のいつもの考えだ。

人を笑わせるのって、結局、間とタイミングだ。

マネして出来なきゃ、それは才能がない証拠。

なんでもそうだけど、ずっと続けているとうまくなる。うまくなると、またおもしろくなってきて、さらに一生懸命やろうという気になってくる。そうやって、一人前になっていくんだと思う。

何もしてない奴が「じゃあ、お前ちょっとやってみな」って言われることはあり得ない。ふだんから何かをやり続けているから、誰かの目にとまって声をかけられるんだ。

マンネリで大いに結構。ほかの人はマンネリまでいかないじゃないですか。定番があるのは全然恥ずかしいことじゃない。ドリフも僕のバカ殿も変なおじさんも、必死でネタ作って、とことん何年もやり続けてきたわけだから。みんなマンネリの域まで達してみろって。

最初から全力でいかない奴は、その時点で先がない。

ただ脱げばいいというのではない。それじゃあ単に下品になって、つまらない。だから、裸にならなきゃいけない理由をはっきりさせるように心がけている。

ベンチひとつで何ができるか、といったシンプルな笑いの基本に返るのが大事。

何よりお笑いには音楽性がすごく大事。お笑いは間とタイミングで決まるものなんだけど、そのセンスはまさに音楽的センスであり、リズム感なんだよね。コントの会話のリズムも、それを少し狂わすからおもしろいのに、もともとのリズムがわかっていないと、狂わすこともできないわけだから。

いちばん頭のオレが当たり前のことをキチンとやることで、現場にいい意味での緊張感が生まれてくる。

オレは偉大なるマンネリ=スタンダード・ナンバーだと考える。

古今東西、いつの時代も、自分が楽しいと思わない仕事からよい結果は生まれない。

テレビの世界はとにかく数をたくさんつくれないと役に立たない。

よくマンネリと言われたけど、僕は笑いにはマンネリは絶対に必要だと思う。お客さんにすれば、「たぶんこうするよ、ほらやった」と自分も一緒になって喜ぶ笑いと、「意表を突かれた、そう来たか」とびっくりする笑いの2種類あると思う。全部意表を突かれてしまうと、お客さんも見ていて疲れてしまうだろう。

仕事に限らず何でもそうだけど、「おれ、頑張りました」ってところが見えてしまうようではまずい。頑張ったとか、努力したということを、ことさら強調する奴がいるけど、それって手品で、すぐさまタネあかしをしてしまうのと同じじゃないのか。いとも簡単にやっているようで、実はその裏で血のにじむような努力と完璧な準備があるからこそ、金を取れるモノになるわけなんだから。

仕事を楽しくするためには、男にしても女にしても好きな人が近くにいた方がいい。だから僕は自分が好きな人を、まずゲストに呼んだり、レギュラーに加えたりする。

グループの笑いというのは、全員の仲がよくないとうまくいかない。

「飽きられず、忘れられず」、これがキャラクター・ブランドを長期にわたって維持していくための戦略。

誰もが思いつきそうなことを、人より鼻の差ぐらい先を見越して、現実化すればいいんだ。「鼻の差ぐらい」がポイント。それ以上先でも、それ以下でもダメ。

「見たいけど、たまにしかやっていない」という、放送回数を腹八分目ぐらいの満腹感に抑えてきたこと。それがロングセラーになった要因だ。

今思うと、あのころの僕はただ無我夢中で、なんでも一生懸命やろうとして力が入り過ぎていたのだ。後になってわかったことだけど、本当はその逆で、楽しく遊んでるように見せるのがお客さんを笑わせるコツだ。「こいつら本当に楽しそうにやってるな」って思うから、お客さんは笑う。

らしく見せるコツは何か。僕の場合はその人を徹底的に好きになることだ。

志村けんの人生と仕事の名言が溢れ出ている書籍

志村けん 160の言葉

幼い日にすでに将来の自分の進むべき道を「お笑い」と定めた志村さん。その70年の生涯を追ってみると、実にさまざまな志村さんの姿が見えてきたのです。一貫して言えることは「人を笑わすことが人生の目的で、最大の喜び」としたことでした。素顔の志村さんはシャイで、恥ずかしがり屋で、決しておごらず、お酒の力を借りたときはおもいっきりハメをはずすようなこともあったようですが、おだやかな人でした。そして多くのエピソードを残しました。 歳月という季節の中で、志村さんは、どう自分を持って生きたのか、残された言葉を紡いで、その足跡を追ってみました–。 編集部より

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志村流―当たり前のことが出来れば、仕事も人生も絶対に成功する

金・ビジネス・人生の成功哲学。昨日より今日は、いい生活ができるかもしれない。いま、最も気になる男が語る「人生」「仕事」。

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女の子が大好きで、正体がバレるとヘンテコな踊りをするコントの役柄、それがご存知「変なおじさん」。でも僕は、この自分の分身が大好き。なぜなら僕も、ずっとお笑いにこだわってきた変なおじさんだから。子供の頃、コメディアンになろうと思い、ドリフの付き人から『全員集合』『だいじょうぶだぁ』『バカ殿様』とお笑い一直線。そんな人生50年をちょっとだけふり返ってみたヨ。

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『志村流』 金・ビジネス・人生の成功哲学

30年近くにわたって、笑いの主役で活躍し続ける志村けん。彼の生き残り哲学とは? 人生、お金、ビジネス、処世術・・・、超「非常識」コント芸人の、超「常識」哲学のススメ。

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志村けんの人生と仕事の名言では学び足りない方へ

同じく芸人として、笑いと常識について語っているひとであり、お笑いの常識すら変えてしまった人。

自分の答案用紙の中で100点取るしかないんですよね。

松本人志の厳選23の名言から学ぶ【人生と仕事の哲学】

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志村けんが好きだった音楽、ビートルズのひとり。彼ら以前以後で音楽の歴史も変えてしまった存在。

楽しんで無駄にした時間は、無駄じゃない。

人生とは、人生以外のことを夢中で考えているときにあるんだよ。

ジョン・レノンの厳選43の名言から学ぶ【人生と仕事の哲学】

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