【働くこと】について考える

【セブンルール】移動販売員 東真央 要約文字起こし【7つのルールと仕事・名言】

概要 【セブンルール】移動販売員 東真央

人口の4割以上が高齢者(65歳以上)の三重県紀北町。この町で、食料品などを載せた移動販売車で駆け回る、東真央に密着する。
東の朝は6時に地元の卸売業者で買い出しをすることから始まる。食材や母・泰子さんが作ってくれた総菜などを軽トラックに積むと、毎日ルートを変えながら、人が集まる20箇所ほどを巡る。移動販売車の名前は「まおちゃんのおつかい便」。スーパーマーケットまで歩いて30分かかるような場所では、大勢のお年寄りが「まおちゃんのおつかい便」の来訪を待ちわびる。足の不自由なお客さんの家には玄関先にまで商品を持って行く。そして、頼まれれば電話1本で大根1本でも届けるサービスの良さに、町の人たちも「あの人がおらんとやってけん」と信頼を寄せている。
就職活動で迷っていた大学3年の時、買い物弱者のニュースを見てビジネスになると考えた。自分にも当時80代の祖母がいたことが背中を押した。しかし当初は相手にされず、大量に売れ残った品物を祖母がまとめて買ってくれたこともある。7年経った今は軌道に乗ってはいるが、それでも収入は1カ月に10万円ほどしかない。夕方と週末はまた別の仕事をかけ持ちし、文字通り休む暇もなく働き続けている。大学時代に考えたような、ビジネス面での成功には結びついているとは言えない。彼女が移動販売車と共に走り続ける理由はどこにあるのか?そんな彼女の7つのルールに密着。公式サイト

移動販売員 東真央のプロフィール

三重県紀北町出身 27歳。就職活動をしていた大学3年の時、ニュースで見た「買い物弱者」が自らの祖母の姿と重なり、一念発起。「まおちゃんのおつかい便」と名付けた軽トラックで、移動販売の仕事を始める。それから7年が経った今では、地元に小さなスーパーを開業して切り盛りし、週末には父が経営する居酒屋を手伝っている為、休日はない。買い物に行けない地元のお年寄りたちにとって、「食べ物」と「元気」を届けてくれる“孫娘”。公式サイト

【移動販売員 東真央のセブンルール】

  1. 呼び込み音は「ルージュの伝言」
  2. 客さんに携帯番号を教える
  3. 暇な時間を作らない
  4. お客さんは下の名前で呼ぶ
  5. カラオケの選曲は昭和の曲
  6. 亡き祖父母の家に住む
  7. 別れの際は「行ってきます」と言う

セブンルール,、今回の主人公は移動販売員、東真央。

海と山に囲まれた町、三重県紀北町。過疎化が進むこの街では買い物が不自由なお年寄り、いわゆる買い物弱者が増え、深刻な問題に。

そんなお年寄りたちにたった一人でお惣菜や果物などを届けるその名も「まおちゃんのおつかい便」

紀北町で生まれ育った彼女。初めた理由の元々は、この街なら儲かると思い、移動販売を始めた。しかし月給は10万円ほど。それでも移動販売を続けてきた。

「自分の中ですごい大事な存在になっていくと言うか、そういう気持ちになる事なんて、始める時に全く想像もしなかったけど」

今では彼女の食料がお年寄りの命をつなぐ。

「”お客さん”っていうより”家族”って感じ。」

生まれ育った町で、お年寄りたちにたった一人で食料と元気を届ける移動販売。東真央の7つのルールとは。セブンルール始まります。

セブンルール1. 呼び込み音は「ルージュの伝言」

東真央の1日は仕入れから始まる。近所の卸売業者を回り、販売する商品を調達。

惣菜は毎朝、母のひろこさんが手作り。お年寄りでも食べきれるよう小分けにして販売している。

そして朝8時におつかい便は出発。いつもルートを変え、毎日20箇所ほどを回る。人が集まりやすい場所でお店を開く。移動販売。そのため目的地が近くなると「ルージュの伝言」をかける。

「ジブリの魔女の宅急便から借りて」

音楽を聴きつけ、町のお客さんが一人また一人と集まってくる。

ここからスーパーまでは歩いて30分。お年寄りにとっては買い物に行くのも一苦労。直接家まで迎えに行く彼女の仕事は移動販売だけではない。

「お客さんちの電球変えたり、買物に車に乗せたりすることもある。」

「簡単にできることができへんやんか思ってることやりたいなって思うし、何でも屋さん」

セブンルール2. お客さんに携帯番号を教える

足が不自由なお客さんの元へは直接家を訪れる。

移動販売を始めたのは就職活動に悩んでいた大学3年生の時、たまたま見ていた買い物弱者のニュースがきっかけだった。

「その言葉を知った時には、家のおばあちゃんがそうやと思って」

祖母のような買い物弱者がこの街に多くいると気づき、ビジネスになると思い始めた。しかし当時まだ大学生。お年寄りには全く相手にされなかったが、続けることで関係性ができてやがた、互いの顔を見ることが目的になっていった。

そんな彼女の元にはひっきりなしに電話がかかってくる。電話の相手は全てお客さん。

「なんか要るものがあったら電話かけてきてな」と伝えているのだ。お客さん全員に携帯番号を教えている。快く届ける。

セブンルール3. 暇な時間を作らない

午後3時、移動販売が終わり、向かったのは小さなスーパー。

実はここ、彼女が経営しているお店。

お昼の時間帯はパートさんで運営してもらい、夕方からは彼女が切り盛りする。

経営は赤字。街の不便を解消するためにお店を続けている。

週末には家族で経営する居酒屋を手伝って、毎朝5時に起き移動販売を続けながらも必ずお店に立つのには理由がある。

「とにかく暇が嫌。5年くらいこんな感じ」

月曜から土曜は移動販売とスーパー。週末は居酒屋で働くため休日はない。

「コンビニでバイトしてたときも、する仕事全部渡しにくださいって言ってたくらい」

セブンルール4. お客さんは下の名前で呼ぶ

四年前から移動販売を利用する大西さん。一人暮らしのため、彼女を孫のように可愛がっている。販売が終わるとふたりは台所でパンをかじる。いつも大西さんがパンを作ってくれているのだ。

彼女は歳が離れた大西さんのことをとっちゃんと呼ぶ。その理由は他のお客さんに対しても同じだ。

「おばあちゃん同士が名前を呼びあってるのを聞いて、同じような呼び方したら嬉しそうやなと思って、それからずっとで名前」

セブンルール5. カラオケの選曲は昭和の曲

いつもと違う装いで、その時間いたのは、町内会から招待されたカラオケ大会に出場するため公民館にいた。

彼女の出番がやってきた。歌ったのは昭和57年にヒットした昭和の歌。

平成生まれの彼女が昭和の曲を選ぶのには理由がある。実はこの町にはカラオケボックスがない。歌える場所はスナックのみ。

「お客さんはみな昭和の人、その人達が分かる曲って考えたら昭和の曲」

気づいたら昭和の曲ばかり歌うようになっていた。

セブンルール6. 亡き祖父母の家に住む

平屋の一軒家に一人暮らしをしている東真央。

実は徒歩3分の場所に実家があるのだが、この家に住んでいるのには理由がある。そこには祖父と昨年亡くなった祖母の写真があった。

「ここはおじいちゃん、おばあちゃんの家、ふたりともなくなったけれど、ここは町営住宅なので、住む人がいなくなったら取り壊される。仏さんがあるので私がこのまま住んでる。」

大好きな祖父母の家と仏壇を守るため、彼女はこの家に住んでいる。壁には移動販売を始めた当時の彼女の写真。祖母は誰よりも彼女が応援してくれた。

「売れ残ると、おばあちゃんが全部買い取ってくれて、近所の人に配ってくれてたらしい。それは知らなかったけど」

おばあちゃんを助けたい。その気持ちが彼女の原点だ。

セブンルール7. 別れの際は「行ってきます」と言う

この街に欠かせなくなった、まおちゃんのおつかい便。

27歳の今、葛藤もある。移動販売での利益は10万円ほど、体力的にも厳しい仕事に後継者は見つからない。

きょう訪れたのは四年前から移動販売を利用する鈴木さん夫婦。ほぼ毎日彼女からお惣菜を買っている。

二人の食卓に並ぶのはいつも彼女から買ったお惣菜。

彼女が届ける食料

「お客さんというより家族って感じやもん。何回も何回もそのお客さんとこに売りにいくうちに、自分の中ですごい大事な存在になってる。だから自分が出来る限りのことはしたいなって思うし、そういう気持ちになる事なんて始める時に全く想像もしてなかったけど」

金儲けのつもりで始めた移動販売。しかし大好きだったおばあちゃんのように、彼女を待つお年寄りがいつしか家族のような存在になっていた。大好きで大事な人。儲けもない、休みもない、毎朝5時に起きる毎日は結構過酷だ。

それでも、

「真央ちゃんおったら助かるんやとか言われて、その辺も給料にふくまれとる」

まおちゃんのおつかい便は今日も走る。

 

 

【移動販売員 東真央のセブンルール】

  1. 呼び込み音は「ルージュの伝言」
  2. 客さんに携帯番号を教える
  3. 暇な時間を作らない
  4. お客さんは下の名前で呼ぶ
  5. カラオケの選曲は昭和の曲
  6. 亡き祖父母の家に住む
  7. 別れの際は「行ってきます」と言う

 

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【情熱大陸】プロゲーマー・ときどの要約文字起こしと仕事・名言

概要 【情熱大陸】プロゲーマー・ときど

今や地球上で10億人が熱狂するコンピューターの対戦ゲーム。先進国ではeSports(electric sportsの略)と呼ばれ、1つの大会で賞金総額26億円が支払われたり、オリンピック競技に採用が検討されるなど年々スポーツ競技として存在感を増しつつある。
中でも人気なのが格闘ゲームの「ストリートファイターV」で、その世界最大の大会で昨年優勝を果たし、現在世界ランキングトップを争うのが日本人プロゲーマーのときど、本名谷口一(はじめ)33歳だ。
プロゲーマーの主な収入源は、大会で獲得する賞金と支援してもらうスポンサーからの報酬。安定という二文字はない完全なる勝負の世界だ。東大工学部を卒業し化学者になることも考えたときどだったが、8年前に退路を断ち、実力だけがものを言うゲームの道に飛び込んだ。強くなるためにありとあらゆる工夫をこらす彼は、ジムに通って理論的に体を鍛え、武道に精進し、食事にもこだわりみせる。
日本は世界でも有数のゲーム大国にもかかわらずeSports後進国であり、ときど自身、一昔前までは世間では「ゲームばっかりやってると…」と眉をひそめられ肩身の狭い思いを経験してきた。だが、エンタテイメントとして世界的な認知度が高まりつつある今、自分たち日本人ゲーマーが活躍することで、eSportsの可能性に多くの日本人が気づいてくれるはずだと信じている。
番組では、各地の有名な格闘ゲーム大会を渡り歩きながら、世界の強豪たちとの闘いに挑む日々を半年にわたって取材、先月、米アトランタで開催された賞金総額2800万円の「ELEAGUE」優勝、そして今年連覇のかかったラスベガスの「エボリューション・チャンピオンシップ・シリーズ」の舞台裏に完全密着した。いずれも世界中のゲーマーが大注目するビッグタイトル。果たしてときどはどんな姿を見せるのだろうか?公式サイト

プロゲーマー・ときどのプロフィール

1985年沖縄生まれの横浜育ち。ご褒美のゲームソフト欲しさに勉強し、名門麻布中学・高校を出て東京大学教養学部理科1類に入学。科学者を志して大学院に進むも2010年中退しプロゲーマーの道へ。海外で活躍する伝説的存在の梅原大吾らと共に、世界の大会を席巻、海外のファンも多い33歳。

【情熱大陸】プロゲーマー・ときどの要約文字起こし

最近ではまだ正当に評価されていないプロゲーマーという職業。彼らの存在に眩しい光が当たっているのはむしろ海外だ。

去年にアメリカで喝采を浴びた男。ときど。格闘ゲームにおける世界最大の大会に挑む。決勝まで勝ち進み賞金400万円近くをゲットした。

世界ランキングでトップ争いを繰り広げている。

この日、会場のゲームセンターはこの戦いを決して見逃さないと熱いファンでごった返していた。

対戦相手は日本初のプロゲーマー梅原大吾。

彼に憧れて、ときどはプロになった。

ときどは次第に追い詰められていき、ゲームセット。完敗だった。

「出直してきます。」悔しさに震えていた。

偉大な先達はまだまだ巨大だった。

プロゲーマー・ときどの敵は世間

東京中野にあるマンションの一室が事務所を兼ねた練習場。

その生活は主にスポンサー契約や大会の賞金で成り立っている。

同じプロ仲間と練習で腕を磨き続ける毎日。手を休めるのは食事を作るときくらいだろうか。

この日のディナーは鶏肉のシンガポール風煮込み。こだわるところはまるでアスリートのようだ。

「今いろいろ持て囃されてますけど、僕たちプレイヤーはマイナーだということを分かっている。いまは持ち上げられているけれど、それだと、すぐブームは去ってしまう。」

「そうさせないために自分たちのしていることの深さや歴史など。真剣にプレイしてた変な人たちがいるんだなっていうことは伝えていきたいですよね。」

梅原大吾に惨敗に涙したあの一戦を振り返る。

「一瞬でポジションを入れ替えられ反撃を許してしまった。追い詰めてじっくりなんすよ。追い詰めてからじっくりいたぶる事が大事」

朝から晩までゲーム漬けかと思いきや意外な一面があった。

週に一度は空手の稽古。1年前友人に紹介されてすっかりはまってしまった。

空手では先輩にあたる少年がさりげなくアドバイスをくれた。

「腕はこうやるのがいいよ」ときどは素直にアドバイスを受け入れる。

「これは勝つための練習。格闘技とか武道とかいうのかな。ちょっとヒントを得られるんじゃないかなって」

ここまでやるのがプロということか。

今、日本でストリートファイターのプロとしてなんとか生活できているゲーマーは30人。ただこれも意外なことだが、彼らは頻繁に顔を付き合わせ、練習に励んでいた。

ゲームイベントなどを運営する企業の一室。集まっていたのはゲームファンの間でみな名の知れたスタープレイヤーばかりだ。年齢は20代から30代。そこに梅原の姿もあった。

自分に刺激されてプロになった時どう彼はどう見ているのだろうか。

「東大卒プロゲーマーっていう肩書きが今になっては定着してますけど、当時は東大のブランドを手放す勇気があるのか、手放すことのものだとわかってないのか、どっちなんだこいつはって思ってました。変わった人間だなとは思います。」

「僕らが叩かなきゃいけないってプレイヤー同士っていうよりは、世間の目だと思うんですよ。プレイヤーは僕はみんな仲間だなと思う」

プロゲーマー・ときどの意外な一面

ときどは現在33歳。独身の一人暮らし。自宅を訪ねた。ほとんど寝るためだけに帰ってくるというワンルームは、まるで引っ越してきたばかりのようだ。

「収入に応じて生活ランクを上げてはいけないという家の厳しい教えがあるんです。」谷口家のおじいさんの代からある家訓らしい。

またしても驚かされたことがある。

今日のチェック項目だけ、寝る前につけていた。

「運動した時間とか筋トレをしたか、食事は何回したかどうか、よく寝たかどうか、どのぐらい疲れていたとかですかね。」

「いざ大会とかで普段通りの試合をするためには、強い精神力が必要だなと思ってるんですけど、そのためには普段から自分の状態を作る必要がある。負荷をかけて回復させることなど、普段からやっとけば、いざという時にもなんとかできるんじゃないかと思っている。」

「ゲームが自分の中でいいものだと思えなくて」ときどの幼少時代

1985年、沖縄に生まれ神奈川で育った小学3年生の格闘ゲームでいとこから完膚なきまでに叩きのめされる。以来勝つことに取り憑かれ、次第に名を知られるようになった。

「親戚にゲームのことを褒めらるのが好きじゃなかった。大会に勝っても。ゲームが自分の中でいいものだと思えなくて、だからそんなもので褒めてくれるなという思いがあった。」

プロゲーマーになるか公務員になるか。大学院時代、父親に相談したことがある。

「相談に来た時に話しパッと聞いた瞬間に、好きにやってもいい、もうすぐに躊躇なく伝えた。」父親は当時を振り返った。

この日、ときどが訪れたのは視力のトレーニング施設。画面には三角マークが並ぶ8本のラインが一瞬表示される中に、二本だけ丸のマークが含まれたラインがある。このラインを見極める訓練。

これを繰り返すと周辺視野が広がるらしい。同時に自分の癖を知ることもできる。

「ときどさんの能力ってめちゃくちゃ高い。他のアスリートと同じかそれ以上のレベル。」ときどの身体能力はトレーナーも高く評価する。

そして、試合前はランニング。

「試合をやる前に心拍数をあげていわゆるゾーンに入りやすようにする。」

この日はアトランタに招かれた。世界各国24人のトッププレイヤーがしのぎを削る大会。賞金総額は2700万円を超える。

順当に価値上がりコマを進めた。準決勝相手は何と梅原だった春の無念を晴らす絶好のチャンス。

今度こそ勝たなければ、ときどに比べ梅原の表情にはゆとりがあった。心拍数を上げ深呼吸する。これでときどの集中力は万全だった。

二度と同じ過ちは繰り返さない。そう心に誓っていた追い詰めて、じっくりいたぶる。画面の端に相手を追い込むと、攻撃を重ねた。

歴史が変わった。

決勝に勝ち上がり、優勝。

次の舞台はラスベガス。ボクシングの世界タイトルマッチも行われるアリーナな会場だった。

大観衆が見守る中、ときどは新たな伝説を作ってみせようと、颯爽とステージへ向かった。

 

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【365日】プロフェッショナル・クリエイターの仕事や人生の名言【8月12日-8月18日】

 

365日、誰かが生まれて、ときになくなります。ここではプロフェッショナルと言われた人々の仕事や人生に役立つ言葉を名言集として誕生日、逝去日で紹介します。

【224/365日の名言】 8月12日逝去
坂本九  歌手

“上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
泣きながら歩く 一人ぼっちの夜”

日本の代表曲のひとつである「上を向いて歩こう」を歌い上げた坂本九氏はこの日、日航機事故で不運にも逝去された。この歌の作詞をした永六輔は「この歌は、我慢の歌だ」と語る。悲しみが溢れ、涙がこぼれ落ちそうな時、空を見上げグッと我慢するひとりの夜の歌。誰しもあるそんな夜にこの歌を思い出し、もう少しだけ我慢して空を見上げたくなる名言。

【225/365日の名言】 8月13日生まれ
アルフレッド・ヒッチコック 映画監督

“映画づくりの鉄則は、迷いが生じたら、どんなことがあっても、すぐ確実な地点へ戻ってやり直す(run for cover)ことだ”

これはどんなことにでも参考になる言葉ではないか。迷いが生じたら確実な場所に戻ること。戻らずに進んでしまえば、目指す場所から離れ、気づいたときにはやり直すことが難しい状況にも成りかねない。映画という時間芸術は人を非日常に運ぶものであるが、その造り手であり、巨匠とまで評される人でも基本に忠実なアプローチをしているのだと安心し、立ち戻る勇気をくれる名言。

【226/365日の名言】 8月14日生まれ
谷口ジロー 漫画家

せめて、東北の山とアルプスの山は明らかに違うから、誰の目にも明らかなように描き分けなくちゃいけないと。あと影の濃さ、強さとかで季節は伝えられると思うし、雲の表現で暑いとか涼しいとか感じさせられると思うんですけど。

谷口ジロー氏の漫画の一コマには、背景まで含めた絵として芸術性が海外でも高く評価されている。氏の背景への思いは、山肌ひとつとっても、違いを出すことに真摯に向き合うこの言葉からうかがえる。読み手として、背景をそこまで丁寧に読んできただろうか。作り手の圧倒的な熱量と観察眼、技術に対して、見てるのか?と問いただされているような気にさせられ、もっともっと見つめなければいけない、という気にさせてくれる名言。

【227/365日の名言】 8月15日生まれ
川口能活 サッカー選手

“「世界には富士山より高い山はあるけれど、富士山より美しい山はないと俺は思っている。サッカーでもそうありたいよね。日本よりサッカーが強い国は何十とある。でも、いつの日か、日本のサッカーは真似が出来ないほど美しいと言われるようになりたいんだ。」”

少し言い古されている言葉として、「ナンバーワンよりオンリーワン」というものを想起する。記録より記憶。定量ではなく定性。少なからずこの世界は競争という概念にすぐにとらわれてしまうけれど、そこで勝つことで誰かの頭に覚えてもらうよりも、誰かの心を動かして強くいつまでも残りたいという願いだろうか。どちらを目指すにせよハードな道のりは変わらない。しかし、後者の方に惹かれるのは自分の人生をより強く意識させてくれる名言だからかもしれない。

【228/365日の名言】 8月16日生まれ
國母和宏 プロスノーボーダー

「第一線を退いても、コーチになったり、メーカーに就職したりはしたくない。それまでにちゃんと稼いで、何もしないで生きていけたらいい。どれだけ一般社会から離れて生きていけるか。そこでちゃんと生きていけたやつだけが、スノーボーダーっていう。そういうボーダーに憧れますね」

國母氏はプロスノーボーダーとして、現在は競技ではなく、映像作品のボーダとして世界の雪山を滑っている。オリンピックに出場したときのイメージこそあれ、彼は一貫して、ボーダーとしてのカッコよさを追求し続けいてる。現役をやめた後の将来にもその意思が相変わらずカッコいい名言。

【229/365日の名言】 8月16日生まれ
蒼井優 女優

“自分の人生に焦ってもいけないなと。ただ、ゴールは死と決まっているから、後何十年という時間でここで自分は何を経験したいのか、そこに集中していたらあっという間に人生は終わっていくと思うんです。何も、格好よく華々しく死ぬ必要もないですし。ー私もそうだったけれど、みんな何者かにならなきゃいけないと思ってるから。でもなったところでどうせいつかは死ぬんだし(笑)。勲章は燃やされちゃうだけだし、そう考えるとどんな人生も楽しいと思えるから”

どうせいつか死ぬ。その言葉が上滑りせずに口にできる。それにはある種の諦観としての潔さではなく、悩みの末に辿りついた夜明けのような清々しさがあってこそ。誰しも分かっている確実なことは、ひとはいつか死ぬ。生きている自分がいなくなることへの恐れがその事実をときに「ない」ようにさせる。しかし、それこそが生きていることをより苦しめる思考回路かも知れない。死ぬのだと受けてとめると、人生はより輝く。それは彼女が銀幕の向こうで証明済みな名言。

【230/365日の名言】 8月18日生まれ
中居正広  歌手・タレント

10代の頃から『本当におしゃべりができるようになりたい』とは思っていました。『一体、自分の個性って何だろう?』というときに、自分がしっかりしゃべれるようになったら、それはSMAPにとっても大きな武器になるなと

いまはなき国民的アイドルグループのSMAPのリーダー。いまでこそバラエティ番組で司会として存在が確立されいてる中居正広氏だが、10代の頃から、このポジションをとることを考えていたそうだ。それこそが自分のグループとしての強みになり、自身の強みにもなる。まわりをみながら自分が勝てる、もしくは勝ちに行くべき場所を見つけてはじめて、その場所へ向かえる。目標を決めることがまず技術や能力の向上にかかせないと再認識した名言。

 

 

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【セブンルール】楽天トラベル最年少役員 吉田茜 要約文字起こし【7つのルールと仕事・名言】

概要 楽天トラベル最年少役員 吉田茜

今回の主人公は、楽天トラベルの最年少女性役員、吉田茜30歳。ハワイに着任後、売上をそれまでの30倍に伸ばし、男性上司も「あの若さでここまで出来るのは本当にすごい。スーパービジネスウーマン」と舌を巻くほどの女性だ。

楽天トラベル最年少役員 吉田茜のプロフィール

東京都出身 30歳。父の仕事の都合で幼少期を海外で過ごす。大学卒業後、「海外を相手に挑戦したい」と楽天に入社。楽天トラベル国際営業部に配属後、業績を大きく伸ばしたことが評価され、2012年にハワイに着任。自らの目や耳で確認し、利用客を第一に考えたサービスを提供し、売り上げをそれまでの30倍に伸ばす。現在は楽天トラベルの最年少女性役員として、多くの年上の部下を指揮する。流行に敏感で、ハワイが大好きな、バリバリの働き女子。公式サイト

楽天トラベル最年少役員 吉田茜のセブンルール

  1. 食事の時間はミーティングに充てる
  2. 客室は自分の目で確認する
  3. お金は貯めるより使う
  4. 毎日ぬか床を手入れする
  5. 日に焼けない
  6. デスクワークは社外で済ませる
  7. 悩んだときはダイヤモンドヘッドを見に行く

吉田茜。ホノルルワイキキにある、楽天トラベルハワイホテル航空券ツアーの予約など旅行に関するウェブサイトを運営管理している。

ここで若きリーダーとして部下を牽引するのか30歳の彼女。

「せっかく旅行業界に関わるなら一番人気なところに挑戦しようかなと思って」

彼女が赴任すると売上は30倍に伸びた。

「インターネットといえど交渉しているのは人間と人間なので全ては人とのコミュニケーションだと思います」

ハワイのほかグアムサイパンなども指揮をとり、最年少女性役員を務めている6年前本社からハワイに一人で乗り込んだ彼女。

「一人で海外に来るって結構大変ですよね」その目には涙が溢れていた。」

リーダーを任された10月は想像以上だ。6年前ハワイに一人乗り込み、売上を30倍に伸ばした。楽天トラベルハワイジェネラルマネージャー 吉田茜の7つのルールとは。

セブンルール1.食事の時間はミーティングに充てる

吉田茜が朝食に出かけるというので、ついて行くとそこにいたのは取引先ホテルの担当者。楽天トラベルの予約サイトに掲載する宿泊プランの打ち合わせホテルの料金や新しい宿泊プランを提案するのか彼女の仕事。

新しいプランづくりに力を入れている。例えば宿泊するとホテルオリジナルのアメニティをプレゼントするプランや、ワインのテイスティング体験が無料でできるプランなど様々。

「今まではパッケージ旅行が主流だったが情報が増えてきてみんな自分のやりたいことを自分で選ぶような時代になったので、うちらしい商品を取り揃えておきたい」

昼食をとっている時にも、ホテル関係者とのミーティングを入れていた。

「時間を有効活用したいので、朝昼晩、食事のときにミーティングをする」

セブンルール2.客室曲は自分の目で確認する

東京都出身、父の転勤でシンガポールとアメリカで過ごす。その頃、家族旅行でよく訪れていたのがハワイだった。

大学卒業後、海外を相手にする仕事がしたいとの思いから楽天に入社したのだが、会社に入ってから1年目が終わる頃は忙しい日々が続いて、体力的にも限界が。

「笑うことが出来なくなっちゃって、食事もうまく取れなくて、家に引きこもるようになりました。会社に申し訳ないんだけれども、このままやって行くのは難しそうっていう話をしに行ったら、ちょうど楽天トラベルが海外に進出していくっていうことで、もう1回挑戦してみないかって声をかけてもらえて」

楽天トラベル配属後、国際営業部で中国を担当すると、半年て売上を2倍に。

その実績が評価されハワイへ転勤となった。

彼女か売上を伸ばせる秘訣、それは客室を自分の目で見て売り方にちょっとした工夫をすること。

「昔はオフィスで仕事をしていたのですが、リーダーとして考えて、外に出て情報を得る事を大事するようになりました」

セブンルール3.お金は貯めるより使う

楽天トラベルハワイ最年少女性役員として、吉田茜が牽引するメンバーは12名。そのほとんどが彼女より年上だ。

喜ぶプランの企画打ち合わせから、予約サイトにアップするまで最短1日。

いかに早く情報を出せるか。スピードがものをいう世界だ。

ホテル以外にも様々なツアープランも企画する彼女。

話題のスポットはいち早くチェックする。訪れたのは今にわかに注目されているハンバーガーショップ。その後もグルメスポットなど5件周り、合計2万円の支払い。

「基本的に貯金はしない。いま貯金は0です。今は貯めるよりも自己投資をするためにどんどん使っていきたい」

セブンルール4.毎日、ぬか床を手入れする

この日はファーマーズマーケットへ。地元の農家が採れたての野菜や果物を持ち寄り、100以上の屋台が立ち並ぶハワイ最大級の市場だ。

観光に役立つ情報はないか、買い物の時でも目を光らせる。単身でハワイにきたのは6年前。休日は自炊を心がけている。先ほど買った野菜で作るのはぬか床だ。

「毎日、一日一回、仕事から帰ってきて混ぜる」

ほんと日本人でよかった肝心のぬか漬けは「今日は調子が悪い」

セブンルール5.日に焼けない

恋人と近くの海へ。日焼け対策は万全だ。
「日焼けすると、ギャルっぽくなるので、仕事でナメられる。仕事に支障が出ないよう日焼けしないようにしている」

 

セブンルール6.デスクワークは社外で済ませる

この日はクルージングツアーの視察に訪れた。簡単には売れない商品も彼女は積極的に販売する

「高いものは相応に高い理由がある。それを求めているお客さんて絶対いるし、いい価値のものを売る」

あらゆるお客さんのニーズに応えたいと考えている。

訪れたのは近所のカフェ彼女は1日に何度もカフェを訪れる。

「人にあって沢山の情報をもらえるのはいいことですが、自分のなかでどうやってやっていく考える。自分のなかで消化する時間。一人でいる時間もとっても大事な時間です。」

セブンルール7.悩んだときは、ダイヤモンドヘッドを見に行く

「お客さんの幸せを一番に考えてほしい」
スタッフは少人数慣れない業務にミスも 伝わらないシーンもある。

「部下は年下で女性にリーダーは限界がある言われていた。一人で海外に来るって結構大変ですよね」その目には涙が溢れていた。

時間ができたとき、向かったのはハワイのシンボル、ダイヤモンドヘッドが一望できる公園。

仕事で悩んだ時はここに来て、忘れかけていた初心を思い出す。彼女にとって特別な場所だ。

「仕事に疲れるとここに来て、エネルギーチャージして「よし頑張ろう!」みたいな気持ちになる」

応援してくれる気が勝手にしている。大事な場所。

たった一人ハワイに乗り込んだのは6年前。責任ある立場に悩み戸惑いながら、それでも彼女は立ち上がり、今日もハワイを歩き回る。海の向こうの誰かがワクワクする何かを見つけるために。

「好きなハワイに入れて、これ以上幸せなことはないのかもしれない、ツラいけど(笑)」

 

 

【楽天トラベル最年少役員 吉田茜のセブンルール】

  1. 食事の時間はミーティングに充てる
  2. 客室は自分の目で確認する
  3. お金は貯めるより使う
  4. 毎日ぬか床を手入れする
  5. 日に焼けない
  6. デスクワークは社外で済ませる
  7. 悩んだときはダイヤモンドヘッドを見に行く

 

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【セブンルール】要約文字起こし【7つのルールと仕事・名言】
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【情熱大陸】山小屋主人・伊藤圭の要約文字起こしと仕事・名言

概要【情熱大陸】山小屋主人・伊藤圭

紺碧の空、手をのばせば届く雲。3000m級の峰々から吹く風が花の上を駆け抜け、夜は星がこぼれ落ちる。そんな絶景の中にある登山ファン憧れの山小屋が「三俣山荘」だ。
主人の伊藤圭は柔和で物静かな41歳だ。山小屋主人と聞いて熊のような男を想像するとそのギャップに驚くだろう。しかし、伊藤が経営するこの山小屋は日本でも指折りの過酷な地にある。黒部源流の稜線上、鷲羽岳と三俣蓮華岳の鞍部に位置し、登山口からは片道丸二日かかる。携帯は通じない。電気もガスも、水道もない。標高2550mの高地にあり、陸の孤島とも言えるこの山小屋で伊藤は妻と幼い子どもたちとともに暮らし、登山客をもてなす。水道がなくてもサイフォンを使ったこだわりのコーヒーを淹れ、ジビエシチューを振る舞う伊藤。一体どんな工夫があるのだろうか?
かつて父が建てたこの山小屋を守り、日々登山道の補修や、自作の道標制作などに明け暮れる伊藤を、山で知り合った妻と幼い子どもたちが懸命に助ける。子どもたちは過酷な環境をものともせず、標高2550mの天空の庭を竹馬で駆けまわって遊ぶ。
まもなく本格的なシーズンを迎える山小屋。最盛期には一晩で200人を超える登山客が泊まることもあるという。今年も無事に登山客を迎えることができるのか。伊藤と家族の夏を追った。公式サイト

山小屋主人・伊藤圭のプロフィール

1977年東京生まれ。父は、山岳文学ファンの間で有名な『黒部の山賊』の著者・伊藤正一。戦後、父が私財を投じて登山口から山小屋までを繋ぐルートを切り拓き、1962年に三俣山荘が完成。伊藤は父に連れられ1歳から毎年山へ入る。都内の高校を卒業後、バンド活動などに夢中になり山から遠ざかった時期もあったが、2002年に結婚し山小屋一本で働き始める。現在、三俣山荘と水晶小屋の二つの山小屋を経営する。二児の父。お酒が好きな41歳。

登山者を守り、山を守り、家族を守る男、三俣山荘の主、伊藤圭

6月の終わり、山にまだ雪があった。標高3000 M 級の山々を擁するは北アルプスに、ヘリが一件の山小屋に着陸した。待っていた男は伊藤圭41歳。三俣山荘の主だ。雄大な眺望が山荘のリピーターは数え切れない。

「日本最後の秘境」とまで登山者に言わしめるほどの絶景が山小屋を囲む。しかし、ひとたび天候が荒れると世界は一変する。

「遭難者が出たら助ける。自分が助かってるから」

登山者を守り、山を守り、家族を守る男がここにいる。

広大な北アルプスの最深部。住所で言えば富山県に位置する三俣山荘ではどの登山口からもおよそ2日かかる。

遥かなる山の中に槍ヶ岳が美しい。山小屋はその名の由来となった三俣蓮華岳の麓に位置している。夏のオープンを翌日に控えて、これからの4ヶ月間を数人のアルバイトと共に過ごす。まずは全員総出で小屋開けに取り掛かった。全ての窓に打ち付けて行った板を一つ一つ外していく。

小屋の中は、周囲の空気が澄み切っているため、埃はほとんどない。それでもお客様の布団は一度干さなければならない。食料や燃料などは全て空輸ヘリが何度か往復してくれる。届いた荷物は子供も総出で黙々と荷物運びをおこなう。

小屋はもっぱら無線。伊藤は最も重要なのは作業にかかる生活水の確保だ。

湧き水から引っ張ったロープパイプを小屋につなげる。水は途中で止まってしまっていた。使わないあいだ空気が溜まりやすく、人の手でロープパイプ揺らして空気を抜く。

世の中で当然のことがここではありがたい。山小屋の暮らしはまさに自然の恵みに支えられていた。

着々とお客を受け入れる体制が整って行く。山小屋の定員は80人。一夜の宿に贅沢はない。いや、ここに泊まること自体が最高の贅沢なのだ。

山小屋を営む者の使命

7月1日山小屋オープン早くも登山者がやってきた。

今年初めてのお客さん。今年は出だしも好調だ。

カウンターには9歳になる長男こうやくんが立っていた。妹のかやちゃん6歳。厨房を預かる縁の下の力持ちな妻敦子さん。今年も下界と隔絶された伊藤たちの夏が幕を開けた。7月も半ばを過ぎると山荘は一段と賑わい始める。

山小屋では、地元のシカ肉と野菜などを煮込んだカレーは評判の一皿。さらに雪解け水で入れるサイフォンコーヒーも楽しめる。

夜明け前に目覚めれば刻々と変わる空の色を堪能できる。

伊藤はこの日、三俣蓮華岳の登山道を辿った。途中足元に雪解け水が走っているところには水路を掘ってやる。

「登山道から水を逃がしてやらないと、水が流れるとすぐえぐれて植物が生えない状態になっちゃう。そういうところは直す。」自然にすることが山小屋を営む者の使命。伊藤はそう考えていた。

事故で、図らずも山小屋への使命感が増した。

4ヶ月の間家族はよほどのことがない限り街に降りない。学校も子供たちに特例を認めていた。ただしそのぶん宿題はたっぷりだ。

伊藤にも子供達と同じ日々があった。

1977年、三県の山小屋を経営する父の元に生まれる。物心つく前から夏は山で過ごした。小屋で働いていたあつこさんと結ばれたのは25歳の時、その年の冬、将来を決定づける悲劇に遭遇する。

山小屋改築の下見を終え、職人などと乗り込んだヘリが墜落、二人が命を落とした。肋骨骨折などの大けがを負った伊藤は妻と二人、雪の中を這って山小屋に避難、一命を取り留めた。

「ー20度とかあったから外だったら死んでたわけだから、その山小屋で助かったのは図らずも使命感みたいなものがより増しました。山小屋を営むことはもう逃げ切れない、やるしかないと思った象徴的な事故って言うか出来事でしたね。」

いろんな人に来続けてもらいたい

こうや君を連れて、改装中だという別の山小屋を目指した。およそ3時間の道のりだ。足を止めたのは水面に青空を映す。

目的地までは400 M 近く登らなければならない。

到着したのはヘリの墜落事故直後、伊藤が逃げ込み、命拾いした小屋だった。

実はこの水晶小屋も伊藤が父親から受け継いだもの。尾根の高みに立つ小屋は湧き水に頼れない。この時期、登山者が少しでも快適に過ごせるよう改装に取り組んでいた。

生活用水は雨水。下水処理のいらないトイレを導入するなど、試行錯誤を続けている。

登山者を守り、山を守り、家族を守る男。飄々としたもの腰の下に覚悟が光る。

「なるべく長い間維持して、いろんな人に来続けてもらいたいと思います」

「今思ってるのも俺たちかもしんないけど、呼び込んでるのも俺たちだから、その分の責任とらなきゃみたいな必死でやっていきます。」

 

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【365日】プロフェッショナル・クリエイターの仕事や人生の名言【8月5日-8月11日】

 

365日、誰かが生まれて、ときになくなります。ここではプロフェッショナルと言われた人々の仕事や人生に役立つ言葉を名言集として誕生日、逝去日で紹介します。

【217/365日の名言】 8月5日生まれ
本田宗一郎 経営者

お金や地位、そして学歴など生まれた家庭によってどうしようもないことはあるが、時間だけはすべての人に対して平等に与えられている

先天的な資源や環境条件は変えようがない。しかし、人生は時間で出来ているのだから、その時間こそ最大の資源である。誰よりも自分の時間を大事にすること。目的を達成するために最適な時間の使い方をすること。それが大切だと日々忘れたくない名言。

【218/365日の名言】 8月6日生まれ
さかなクン 魚博士

“お魚の種類だけでも世界で約3万種、日本だけでも4200種以上いるので、調べても覚えきれないほど多いです。知れば知るほど面白い、楽しい、おいしいですし、お魚が身を持ってたくさんの感動を教えてくれます。こんなにうれしい感動をいただいたからには恩返しをしなければ。お魚のすばらしさを少しでもいろんな人に知ってほしいです

あのさかなクンでさえ、覚えられないほど、この世界にはたくさんの魚がいる。さかなクンはむしろそのことを喜んでいる。知らないことがまだまだあるということは、これから知ることができるという機会もたくさんあるということ。それこそが面白い。知識やスキルの習得は、果てしない作業として思うとときに飽きが訪れる。けれど、作業としてではなく、機会として発見として向きあえば、果てしなくてむしろ良かったとさえ思えてくる名言。

【219/365日の名言】 8月7日生まれ
司馬遼太郎 作家

“資料を読んで読み尽くして、その資料を読み尽くした後に出たこう透明なしずくをね、一滴二滴しずくが出てくるんですよね。
それを書くんだ”

司馬遼太郎は歴史小説の大家として評される人物。彼の作品作りの考え方についての一端が覗える言葉。アウトプットには必要なことはまず、インプットすること。しかも膨大のインプットを重ねていくこと。そのインプットの分母の大きさからようやく、滴のようなアウトプットがこぼれる。アウトプットする時に覚えておきたい名言。

【220/365日の名言】 8月8日生まれ
押井守 アニメ映画監督

僕の周囲は頑固オヤジばかりと怒っていたら、本当の頑固オヤジは自分だった(笑)。そう気付いてからは、漫画原作だろうが恋愛映画だろうが、どんな仕事の依頼にも「やります」と返事をするようになりました。それはどんなものでも最後は必ず自分味のあめ玉が作れると知ったからです

誰もが経験する、「誰も自分のアイデアを分かってくれない」ジレンマ。周囲を「なんて頭の固い人だ」と苛立つ心理状態の自身のときについ忘れがちなことを押尾守氏の言葉は教えてくれる。それは、誰よりも頭の固い人はもしかしたら自分自身かもしれないという事実。主観で捉えがちな物事を、少し客観的に捉え向き合ってみれば周囲も協力してくれやすく、客観性のなかに隠れた主観、つまり個性も刻むことができるのだからと、頭の固い時にほぐしてくれる名言。

【221/365日の名言】 8月9日生まれ
ダニエル・キイス 小説家『アルジャーノンに花束を』

“他人に対して思いやりをもつ能力がなければ、そんな知識など空しいものです。ー 知識を得ることができれば幸福も得られるとは限らない。”

ダニエル・キイスの代表作の「アルジャーノンに花束を」は知能が低い青年が実験で世界有数の知能を身につけるが、という話。知能によって世界の見え方が変わっていき、誰にでも優しかった青年が、知能を得ることで周囲を見下し、はて過去の自分を見下すような態度さえとってしまう。これはもちろん小説の世界でのことではあるが、現実の人々にも共感できるからこそ広く読まれているのではないか。子どもから大人への成長過程で人は多くの経験と知識を得る。しかし、ひとは誰もが老い、知能は衰えるのが現実。老いたそのとき残るのは、知能や知識でなく、他人を思いやる能力こそ人生においてはとても大事だと気づかせてくれる名言。

【222/365日の名言】 8月10日生まれ
江國滋 随筆家,俳人,江國香織の父

“人のものは良く見える。それはそうなんだよなあ。だが、遅かれ早かれ、そんなことが気にならなくなる。”

隣の芝生は青く見えるんですよね。人間心理でどんな人もそんな感情があるときに、対策として考えるのは、自分の芝も青いことに気づけるようすることもひとつだけれど、そもそも隣の芝が青く見えるだとか気にしてしまうのはある種の若さ、青さで、いずれそんなこと気にもならなくなる。と老境が小さな悩みを喝破してくれる痛快な名言。

【223/365日の名言】 8月11日生まれ
スティーブ・ウォズニアック コンピュータ技術者 アップル社創業

全部自分でやるからこそ、すごく勉強になる

ウォズニアック氏はかつてスティーブ・ジョブズとアップルを立ち上げ、技術責任者としてプロダクトを世にリリースしていった人物。彼がいなければ現在のアップルはないとまで言われる人物の仕事論、物事への取り組み方は、自分で全部やる、それこそが最大の勉強になる。人任せにせず、全てを自分事にすることで、試行錯誤のそれぞれがつながり、強固な知識やスキルになると。技術者らしい名言。

 

 

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【セブンルール】かつお食堂店主 永松真依 要約文字起こし【7つのルールと仕事・名言】

概要 【セブンルール】かつお食堂店主 永松真依

今回の主人公は、2017年渋谷にオープンした珍しいかつお節ご飯の専門店「かつお食堂」店主の永松真依、31歳。「かつお食堂」のメインは、削りたてのかつお節を山盛りにかけた“かつおぶし飯”。ただし、削りたての新鮮なかつお節をかけるのはもちろん、自身で日本全国のかつお節産地を巡り、月ごとにかつおの産地を変える程のこだわりぶりだ。

大学を卒業すると企業の受付嬢になった。仕事は「お金をもらうためのもの」と割り切り、勤務を終えると毎晩のように六本木に繰り出して遊んでいたという。そんな日常を送っていた彼女が、突然“かつお節”に入れ込むようになったきっかけは、一体何だったのか?彼女の部屋にある本はかつおに関するものばかりで、壁にはかつおの飾り付けがびっしり。「かつおの生き様がかっこいい」「かつおになりたい」など、会話の端々からユニークな“かつお愛”を感じることが出来る。

かつお漁が盛んな沖縄県・伊良部島を訪ねた際には、漁師や加工工場を丹念に取材し、本来は女人禁制のかつおの一本釣り漁をも経験する。かつおを知りたいという彼女の本気度は、工場の男性にも「最初に連絡をもらった時は、とんでもねぇ奴が来たと思った」と言わしめる程。そして“オオバンマイ”という、漁師たちが放る、かつおの切り身争奪戦に、地元の人に混じって飛び込んでいく…。彼女をそこまで駆り立てるかつおの魅力とは?そして、“かつお愛”溢れる彼女のセブンルールとは?公式サイト

永松真依 プロフィール

神奈川県出身の31歳。大学卒業後に夜遊びに夢中になっていた頃、田舎の祖母がかつお節を削る姿に感動し、“かつお節”に目覚める。それ以降、かつおの新たな情報を聞きつければ、全国どこへでも足を伸ばし、情報収集に励む日々を送る。そんな彼女に付いたあだ名は、そのままズバリの「かつおちゃん」。2017年11月には渋谷・道玄坂に「かつお食堂」をオープンし、連日、多くのファンが訪れる。

 

かつお食堂店主 永松真依のセブンルール

  1. 削る前に甘いものを食べる
  2. 3日に1回 髪をかつおブルーに
  3. 営業中はかつおのことをしゃべり続ける
  4. 年に一度 祖母に削る姿を見てもらう
  5. 旅先では口を慎む
  6. 現場で感じ 現場で学ぶ
  7. 止まらない

 

誰しも自分自身に課しているルールがセブンルール。今回の主人公はかつお食堂店主、永松真依。

東京渋谷の路地裏に連日行列が、そこが彼女が一人でいたかつお食堂。削りたての鰹節を溢れるほどにのせる究極のねこまんま鰹節めし。

昨年11月にオープンしたばかりだか、女性誌でも取り上げられ、食通たちも多く通う。そんな鰹で人々を虜にする彼女自身もカツオノトリコ。

「自分が目立とうって思わず相手を引き立てて、相手のことを考えて行動する鰹節、感動しますよね」

かつお愛は尋常ではない。

「かつおは生き様も内面もかっこいい」

 

セブンルール1. 削る前に甘いものを食べる

夜はバーを営む店を間借りして営業しているため、毎日全ての食材を自宅から運び込む。

仕込みの準備でも、ご飯に乗せる鰹節はまだ削らない。

「芳香ないい香りを楽しみたいならやっぱり削りたて」

職人イチオシの鰹節を取り寄せるのはこだわりだ。慌ただしく準備を終え開店5分前 、甘いものを食べていた。

「甘いものを食べて、幸せな気持ちで、穏やかなテンションでかつお節を削りたい」

心を穏やかにするのか。開店前の日課。

「昔、恋人と別れたあとにかつお節を削るとうまく削れなかった。心の状態を保って削ることが大事」

微妙な力加減で、厚さが変わり、香りや食感が落ちてしまう鰹節。いい頃合いの薄さに削れば、豊かな香りと優しい舌触りが生まれるという。幸せな気分で削った鰹節はふんわりと薄く艶やかに仕上がった。

セブンルール2. 3日に1回 髪をかつおブルーに

営業時間は午前8時から鰹節がなくなるまで。箸置きは鰹節。鰹のぬいぐるみにかつおの漫画やカツオの映像を流すカツオシアターまで、店内はまさにカツオ一色。そして両親と暮らす自宅に帰っても部屋の壁には360度カツオが泳いでいた。

「カツオ見てて落ち着くんですよ。一緒に黒潮を泳いでる気分」

そんな彼女が必ず行っていることが3日一度の染髪、彼女がカツオブルーと言う青色に染めるそうだ。

セブンルール3. 営業中はかつおのことをしゃべり続ける

仕入先のカツオ漁師のこと、かつおの生態について語り始めた 。

「鰹のことをもっと知ってもらって食べてもらいたいなということと、自分が単に鰹の話をするのが好きで」

セブンルール4. 年に一度 祖母に削る姿を見てもらう。

福岡県久留米市に永松真依の姿はあった。90歳のおばあちゃんに会いに来たのだ。

鰹節の道に突き進んだのはおばあちゃんがきっかけだった。大学を卒業後企業の受付嬢をしていた彼女、

「仕事に対しては単純にお金をもらうだけの瞬間というか、遊び呆ける日々でしたね。」

見かねた母からある日、福岡の祖母を訪ねてみるよう勧められた。そこで人生が急転した。

「帰った先でおばあちゃんが鰹節を削ってお味噌汁を作ってくれて、その時のおばあちゃんの削る姿がものすごいかっこよくて、女性として本当に素敵だなって思いました。内面から美しいってこういうことかなっていうのがそのときに腑に落ちたというか、素敵だなって思ったんですよ」

半年後、彼女は仕事を辞め、削り器を持って鰹節の生産地を巡る旅に出た。そしてたどり着いたのが、かつお食堂のオープン。30歳の時だった。運命を変えた日から6年。彼女は毎年一度、かつおを削る姿を見てもらうために祖母のもとを訪ねる。

「おばあちゃんみたいになれるように頑張ります」

セブンルール5. 旅先では口を慎む

沖縄県伊良部島にいた。目的はもちろん鰹。休みの日は今も鰹を学ぶ旅へ。ここ佐良浜地区はカツオ漁で栄えた町。店をオープンした今でも足を運び続ける理由は、

「回数を重ねて来れば来るほど毎回新しい勉強であったりとか、発見があったりとかする」

現場に出向き、自分の中の「鰹辞書」を更新するという彼女。この日向かったのは以前から交流のあるかつおの加工工場の友利さん。

「3年前ですかね、とんでもねぇ奴が来たと思いました。」「この鰹節の良いところはここだと、表現して伝えてくれる人がいるとすげぇ嬉しい」と友利さんはいう。と友利さんは語る。

鰹を知るためならどこへでも突っ込んでいく彼女。しかし自分の店では喋り続ける彼女だが、生産者の話を終始聞いていた。

IC レコーダーを手にし、カツオ漁師の家を訪れたときも、漁師たちの中でも、彼女はじっと聴き入っていた。

「そこに行ったら、そこの土地の人とか風習とか文化歴史とかよりやっぱ多くのこと学びたい。そこに自分自身はいらない。」

ICレコーダーに彼女の声はほとんど入っていなかった。

セブンルール6. 現場で感じ 現場で学ぶ

永松麻衣は伊良部島伝統の海神祭に参加した。すると漁師がカツオの切り身を来た人に向かって投げる。これが祭りのメインイベント。永松麻衣は鰹の血にまみれて全身でかつおを感じていた。

「鮮度がいいから全然くさくない」

「私はそのまま勉強が苦手なのもあるんですけど、書いてあることじゃなくってやっぱり自分が大事にしたいなって思う。現場で食べてる人だったり釣ってる人だったり、あるいはその地域だったりををかつお食堂で伝えられるように全身で感じたい。」

さらにこの日、彼女は初めての事に挑んだ。念願の鰹漁を体感する。グルクンの稚魚を餌に伝統の一本釣りが始まった。体験した彼女も9時間に及ぶ漁で船酔いにも襲われた。

「かつお食堂に食べに来てくれるひとは生きてる姿を見れないけど、自分が体感したことを全身であの食堂で伝えていきたいし、みんなにもそれを感じて食べてもらいたい」

漁師にさばき方も教わった彼女は、カツオに出会うまで料理もしたことがなかったと言う。彼女の鰹への愛が全てを変えた。

セブンルール7. 止まらない

店ではノンストップでしゃべり続ける彼女。自宅でも鰹の研究をしていた。

「鰹のエキスが日本の調味料の始まりなんですよ。」ノートにまとめながら鰹の独自に研究を続けていた。

「もうカツオはずっと泳ぎ続けるんで、私もずっと追い続けないと」

永松麻衣は止まらない。ただ遊びに明け暮れていた日々もあったけどそういうことで人生が動き出した。

「生きてる鰹から漁師さんがいて、鰹節職人がいて、鰹節があるという文化や魅力を守っていけたらなと思っています。」

止まると死んでしまう。鰹のように彼女もまた泳ぎ続ける。

「やってて楽しいんで、止まっちゃいけないって思うんじゃんなくて、止まれない、楽しくって」

「かつおと鰹節のために生きたい」

どこまでもまっすぐに彼女は泳ぎ続ける。

 

かつお食堂店主 永松真依のセブンルール

  1. 削る前に甘いものを食べる
  2. 3日に1回 髪をかつおブルーに
  3. 営業中はかつおのことをしゃべり続ける
  4. 年に一度 祖母に削る姿を見てもらう
  5. 旅先では口を慎む
  6. 現場で感じ 現場で学ぶ
  7. 止まらない

 

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【セブンルール】要約文字起こし【7つのルールと仕事・名言】
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【言葉・名言】絶望から希望を見出す人こそプロフェッショナル 多田克彦 農業経営者

「絶望から希望を見出す人こそプロフェッショナル」多田克彦

NHK番組のプロフェッショナル仕事の流儀の多田克彦氏の回を要約文字起こしで紹介します。

概要 プロフェッショナル 多田克彦

多田が自ら生産した牛乳を原料に作るプリンやケーキは、東京の人気菓子店で瞬く間に売れていく。柳田国男は遠野物語で
「平地人を戦慄せしめよ」と書く。多田もまた商品で「人々を驚かせる」ことをモットーにしている。今、仕掛けているのは遠野の若い世代の
経営者とのコラボ。売り上げが伸び悩む漬物屋、そして精肉会社とともに、岩手の埋もれた魅力を掘り起こし、海外向けの新商品開発に挑む。
遠野の次世代の経営者たちに、自立とは何かと、多田が問いかける現場をドキュメント。

「ここにしかないものを作りたい」多田克彦

男が暮らす岩手遠野は不思議な伝説が残る山里。民俗学者の柳田国男によって書かれた遠野物語。河童や座敷童子などの言い伝えが生々しく語られている。

それから100年。

農業を生業とするその男は、いま新たな遠野の物語を紡ぐ。それは農業政策の専門家でもあった柳田国男の思想を受け継ぐ物語。

「農民は農業だけを生業とし独立すべきだ」と柳田国男は説く。

「選択肢を自分で考えるっていう事が自立の意味ですよね。」
農業に旋風を巻き起こす男。多田克彦。63歳からは野菜作りだけでなく乳牛も育てる。さらにそれらを使った製品づくりも手がける。

「ここにしかないものを作りたい」

「農業だけで自立する」と30年前に誓った覚悟。20年ほど前の1991年、牛肉の輸入自由化で牛の値段は1/8に下がった。

「あれが自分の人生を奈落の底に落としましたね。」
しかし彼は諦めなかった。

「良い意味で大型の台風」
多田克彦と一緒に働くある女性は彼をこうたとえる。ここに記すのは台風の記録。

「人々を、驚かせる」多田克彦

多田克彦氏の故郷は100年前に書かれた遠野物語の舞台。その美しさは今も変わらない。

柳田国男は遠野物語の序文でこう書き記している。

「やまがみやまびとの伝説あるべし願わくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ」

近代化を推し進めていた当時の日本を柳田は河童や座敷童子などの伝承を語ることで発展ばかりを追求する都市の人々に警鐘を鳴らそうとした。多田さんもいま農業経営者として一つの戦略をとる。

「人々を、驚かせる」

人々を驚かせる。多田克彦氏はいつもそのことを考えている。この日は東北の名産品を東京の商社やスーパーに売り込む商談会。挨拶でいつもの口癖が出た。

「世界に驚きを与えたい。というのが私の願いです。どこにもないもので、世界が驚くもの」

多田克彦は人々を驚かせるものをどのようにして生み出すのか。

その根本にまずはあるのは、徹底した品質の追求だ。

30年作り続けているほうれん草は毎日食べる。
「それが自分の肥料設計、土の管理に活かしている」

30年前に開いた5ヘクタールのこの農場。多田克彦は多忙を極めるいまも毎日早朝に農作業を行う。ここでの農作業を人任せにしない。特にこだわるのは土作り。農薬を用いず有機肥料の使い方も毎年見直してきた。

「違いを出すのが、うちの会社の強みなんですよね。作っているもの自体は他と同じなんだけど、違いをどう出すか。味なり、外観なり、葉肉の暑さなり。そういう緻密な管理がこれからの農業ですよね」

長年、多田克彦は品質にこだわってきた。この日も牛乳の評判を聞きつけたバイヤーが大阪から訪れた。

「牛は放し飼い、自分で全部行動させる」

牛舎の中を自由に歩かせ、牛のストレスを減らすことで質の高い牛乳が生み出せると多田克彦は言う。

しかし努力はこれだけにとどまらない。

人々を驚かせる。そのために多田克彦は別の顔も併せ持つ。それは美味しいスイーツを生み出すパティシエの顔だ。

多田克彦の農場はプリンやケーキなど常時30種類以上のスイーツを販売する。その上新商品の開発も常に取り組んでいる。

「いままでにない商品を作り、それを届ける。素材の生産にとどまらずいろんなものを作ることの毎日なんですよ。」

試作を重ね、ようやく商品化にこぎつけたものがあった抹茶のプリンだ。

さらに多田克彦はもう一つ顔を持つ。それは自ら販路を開拓するセールスマンの顔だ。

この日訪れたのは台湾で高級スーパーを展開している神奈川の商社。商社社長は現地での販売イベントの提案も受け入れた。

素材の生産から商品の製造、そして販路まで独自に切り開く。これが多田克彦の考える自立した農家の在り方だ。

「待ってるいるんじゃなくて、こちらから出ていく。取りに行くとそういう時代だと思います。待っていては何も来ませんから、出ていくしかない思っています。大変なことですけど。市場を作るということは、出て行くことだと思っています。」

商品は日本だけでなく今や海外にまで運ばれていく。去年からはアメリカへの販路を切り開いた。

柳田国男の言葉が多田克彦を変えた。

多田克彦は昭和30年遠野の兼業農家に生まれた。東京の大学を卒業した後、故郷に戻り、市の職員となった。転機は32歳の時に訪れた柳田国男のシンポジウムが遠野で開かれ、初めて遠野物語を手にし、柳田国男の勉強会を立ち上げた。

民俗学の父として知られる柳田国男は、明治政府の農業政策を司る官僚でもあった。柳田は各地の農村を歩き貧困に喘ぐ農民の姿を見た。そして農業の在り方に警鐘を鳴らした。「農家は政府の保護にすがることをただ一つの逃げ道とする風を辞めて、独立して国住建産業となるだけの計画を立てるのが自覚である」と多田克彦は柳田国男の言葉に強く共感した。

「考えてやるのが第一歩。いま立つ位置がどうなのか。果たして右に行ったらいいのか。左なのか。みんなが右に行くけど自分は左だと思う。選択肢を自分で考えることが自立の一歩ですよね。」

その1年後、市役所を辞め多田自然農場を立ち上げた。

しかし当時、日本の農業は岐路に立たされていた。牛肉の輸入自由化が始まろうとする中、多くの農家が国に保護を求めた。多田克彦はこの逆風に敢えて農業だけを生業に立ち向かった。

当時の多田克彦を追った映像がある。妻の和子さんは多田克彦の農業への熱い想いをいつもこんな風に聞かされていた。

「農業って言うと、どうしても1ランク下の産業に思われてて、それに対する反発が常にあって、農業は自立した産業というか儲かる産業なんだっていうことを実証してみたい」

絶望をみた多田克彦。希望は自ら動き始めたこと。

その後、牛肉の輸入自由化が本格的に始まると牛の価格が下落。借金が膨らんだ。

「牛の輸入の自由化。あれが自分の人生を奈落の底に落としましたよね。
うちのうちの価格が8分の1になった。あれで首をくくりたくなった。」

さらに牛乳の生産調整が追い打ちをかけた。牛乳の5%を捨てろという農協からの指令。多田克彦は従わずに脱退した。販路を失った多田克彦は牛乳を自ら東京に売り込みに行った。ここはもっと攻めの姿勢が必要だ。牛乳やヨーグルトの製造を依頼していた会社に一層の規模拡大を指示した。

「とんでもない借金をしているものですがら投げることはできない。自分で売るという方向に家事を切ったわけですよね。みなさんは大きな決断だというけど、黙った牛乳捨てて、損していればいいのかということになるだけですので。私の場合は行動を起こすのが早かったですね。」

売上は20億円にまでなった。しかし農場立ち上げから14年目のことだった。牛乳などの製造を委託していた会社がコンサルタントに騙され倒産してしまった。

当時いた牛を全部処分し一年休んだ。これからどう再スタートするか。考えつくのに1年かかったのだ。

絶望から希望へ。自社生産、自社販売で多田克彦は再スタートした。

再スタートにあたり、多田克彦は決意した。自社で工房を立ち上げ自らの手でこだわりの商品を作っていこう。その仕事を担ってくれる仲間をしっかりと育てよう。

「次の世代。右腕が育っているかどうかっていうのが常に大事。自分一人の能力には限界がある。いろんなことをサポートできる人が自社にいるかが大事だと思うんだよね。言われたことをやるのでなく、自分で考える人材を作らないといけないですよね。」

工房立ち上げからの仲間でいま、スイーツ作りを任されている女性がいる。

「工房を立ち上げる話になって、いきなり修行に行けっていわれたんです。はじめはどうしていいのか分からず、プリン作りには苦労しました。彼女は右も左も分からないまま多田克彦に命じられ、洋菓子店で修行した。

「自分に任せられているんで頑張らないとと、ずっと泊まり込みで、2ヶ月くらい修行してました。」

多田克彦は従業員たちと昼食を共にし農場で採れたものを味わう。当時について彼女と昼食をしていたなか聞いた。

「彼女は成長した。仕事を100%ではなく120%で毎日やっているからね。工房作ったときは彼女と2人ではじめて、いま10年たつ。」

彼女は泣いていた。

東京赤坂、お菓子や惣菜が人気の店に2人がともに開発したプリンが並ぶ。

「やまがみやまびとの伝説あるべし願わくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ」

遠野。観光客で賑わう河童淵。餌のキュウリで狙うのはもちろん河童。柳田国男は遠野物語で伝承を一つ一つ書き残した。柳田は遠野に眠る不思議な出来事を発掘し、人々に伝えたかった。多田克彦もいまは故郷に埋もれた名産品を掘り起こす。多田克彦のもうひとつの顔。それは地元の企業の名産品を売り込む仕掛け人。

この日、商談会は、岩手や青森の9社が参加。アメリカで11店舗のスーパーを展開する企業のバイヤーもやってきていた。

「世界に驚きを与えたいというのが、私の願い。」

ここにしかない。どこにでもなくて世界が驚く。この日初めて参加した三陸釜石の水産加工会社。この企業は津波で被災した会社の従業員たちが新たに立ち上げた。こうした企業を盛り立てたいと多田克彦が声をかけた。

ある岩手の企業は伝統を受け継いでい味は確かだが販路は先代から引き継いだ岩手県内がほとんどだ。土日になると道の駅に出向き販売に励むだが、売り上げは伸び悩んでいた。

「対策はたくさんした。すべて撃沈した。」

多田は言う。
「外に出て、いろんな人の目に触れたり、食べられたりして意見を聞く。その機会が少ないんで、どうしてもの岩手県の我々は遠いですから、本地から出て行って商談するっていうことは大事ですね」

商談会から一か月後、多田克彦があることを仕掛けようとしていた。アメリカ展開するその会社と手を組み、アメリカのスーパーで販売する弁当を作る。

多田はこの日、そのステーキの試作の打ち合わせだった。角牛のステーキに唐沢の漬物を組み合わせる。ステーキを担うのは焼肉レストラン店長、の女性。多田克彦と行動を共にする若きリーダーの一人だ。

「やっぱ驚きが世界を変えていくんだよな。俺はそう思っているんだよな。」

後日、商社へステーキ弁当をアメリカのフェアへの出品に提案。商社の方からステーキの量り売りを提案された。さばくシェフの派遣コストに悩んだ挙げ句、焼肉レストラン店長の女性が自ら捌き方を習得すると提案し、ステーキ弁当の提案は前に進んだ。

「無理しなきゃできないものがある。常識の範囲では商売はできないから絶対無理してやることによって、我々、産地の人の自己主張ができる」

人々を驚かせる遠野の物語、それを次の世代へ

世界は未知数。だけどそれを切り開いていかいと次の世代や展開が出てこない。

by unsplash

“絶望から希望を見出すひとこそがプロフェッショナル。”

仕事において直面する「絶望」それは不可能という言葉にもとれる状況に対し「希望」を見出し、まだ目に見えぬ形のないものを見えるようにする人こそプロフェッショナルだと語る多田克彦氏。精神力という目に見えないけれど確実に問われるのが仕事であり人生でもあります。その普遍的な力の強度こそがプロフェッショナルと呼ばれるほどにまで強かったのかと感じさせる言葉でした。

 

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【情熱大陸】登山家 山岳カメラマン・平出和也の要約文字起こしと仕事・名言

概要 【情熱大陸】登山家 山岳カメラマン・平出和也

未踏峰・未踏ルートにこだわり、世界が驚く数々の新ルートを制覇してきたトップクライマーの平出和也。2009年には登山界のアカデミー賞とも言われる「ピオレドール賞」を日本人として初めて受賞。また、自らの登攀映像を撮り続け山岳カメラマンとしても世界的に活躍する39歳だ。
去年の夏、平出は実に15年間にわたって挑み続けてきたパキスタン・カラコルム山脈の「シスパーレ」に4度目の挑戦の末、成功。北東壁に新たなライン(ルート)を引き、その難易度と執念が、世界からも絶賛された。
あれから1年・・・平出は燃え尽きていた。シスパーレのように、全てをかけて挑めるような山が、今後見つかるのだろうか・・・?
番組では、再びパキスタン・カラコルム山脈を訪れた平出に密着する。彼が「次なる山」として見据えているのは、標高8611m、世界第2の高さを誇る「K2」だった。高さこそエヴェレストよりも低いものの、厳しい気候条件や雪崩、滑落の危険性から世界で最も登るのが難しいとされ、遭難者が極めて多いことから「非情の山」とも呼ばれている。
平出はこの6月から1ヶ月、K2の偵察に入った。いまだ誰も登ったことのない西壁からの新ルートを見つけるためだ。衛星写真以外では、殆ど資料や写真がなく、登ってみないことにはその姿を目にすることは出来ない。果たしてどんな場所なのか・・・天才クライマーが挑む「K2」の知られざる姿と、平出の果てしない挑戦の人生を追った。

登山家 山岳カメラマン・平出和也のプロフィール

1979年長野県出身。元々、陸上の競歩選手だったが、ルールの定められた中で人と競いあうことに疑問を持ち大学2年の秋に山岳部へ。そこで山の世界の虜になる。
少人数で、荷物を軽量化しスピーディーに登る「アルパインスタイル」を得意とし、誰も足を踏み入れたことのない未踏峰・未踏ルートにこだわってきた。これまでヒマラヤの8000m峰を5座、7000m峰を10座、6000m峰を4座制覇している。また山岳カメラマンとしても活躍し、平出にしか撮れない映像を求めて日本のみならず、海外からも依頼が舞い込む。2017年、登山家とカメラマンとしての実績が認められ、植村直己冒険賞を受賞。1年の3分の1程度しか自宅に戻らないが、2児の父親でもある。39歳。公式サイト

平出和也が山に受けた思わぬしっぺ返し

地球上にはまだ誰も辿ったことのない道がある。

男はその道に魅せられてしまった登山家にして山岳カメラマン平出和也。

全てを忘れて未踏峰あるいは未踏のルートにひたすら挑み続けてきた。

酸素ボンベに頼らず、ごく少人数で達成してきたそのレベルは世界屈指だろう。

挑戦の美しい映像を持ち帰った。2006年、山岳会で最も栄誉あるピオレドール賞を日本人として初めて受賞。他にも受賞歴は華々しい。2017年夏にはパキスタンのシスパーレを難攻不落と言われた北東壁から攻略した。15年越し4度目の挑戦で成し遂げた偉業。人を寄せ付けずにきた絶壁は過酷を極めた。全身を貫いた凄まじい達成感には、しかし、思わぬしっぺ返しがあった。

「頑張れない。あの夏にあまりにも燃え尽きてしまった。そこまで自分が燃え尽きるとは思っていなかったけど、次に自分は何をしたいのかなっていうのは本当に分からない。」

世界第二の高峰、K2へ。平出和也の新たな挑戦

目的を見失った男が、今年2018年向かったパキスタンの奥地にそびえる世界第二の高峰、K2。命の重さに触れてしまった男はその重さを量り受けずにはいられない。

「今回は偵察です」平出はそう言ってパキスタンに入った。すでに標高は2000 M 以上。高地順応に縄跳びは格好のトレーニングらしい。

K2偵察の旅には相棒がいた。6年前から組んできた中島健郎。

K2は、1954年の初登頂以、いくつかのルートが開かれている。それでも死者を出さないアタックはないと言われるほど難易度は高い。

平出はゴール地点をいままで開かれていないルートで向かう。そのアタックは当然、情報は全くない。

「理由なんてね。ただ何かできた時にもっとなんかできるんじゃないかなっていう錯覚を起こしてしまうんですよね。このぐらいできたからもっとでかいことができるんじゃないか。でもそれをやるっていうのは非常にリスキーなんで、自分の命がかかってきてしまう。そのバランスを探りながらですね。」

K2への入山、ベースキャンプまでは四駆者が進めるのは初日だけだった。

平出の山を映す映像写真は周到な計算と無数の失敗の賜物だ。難しい山でも極力自ら記録するスタイルを貫いてきた。登山の道中で撮影を忘れない。

7日目。標高4500 M を超えた。ようやくK2が見える場所までたどり着いた。けれど分厚い雲に視界を遮られる。現地で雇ったポーター達がテントを設営していた。ベースキャンプだ。

平出達はさらに奥へ向かい、誰も知らない障壁を偵察する。無論そこから K2を撮影するのは世界初の試みだった。

「今年の K2はまるでアフガンの女だ」とポーター達が口を揃える。いつまでも顔を拝ませてくれない。障壁の麓に向かうには天候の回復を待たなければならない。

募る思いを縄跳びでなだめる。酸素は平地の2/3。

数日後、わずかな晴れ間を確かめて、二人は出発した。待ち受けていたのは一面の氷河。お互いの身体をロープでつないだ。

雪に覆われた大地にはあらゆる危険が潜んでいる。山は人間の営みを追い払うように口を開ける。足を踏み外せば、ひとたまりもない。しかも進むのは幅40CM ほどの氷の上。

「僕の人生で、子どものいる生活って考えたことがなかった」

平出には家族がいる。福岡県、田川市。妻の出産と長男を見守るため日本を立つ間際まで妻の実家に滞在していた。

妻の祥子さんは登山とはほとんど縁がない。知人の紹介で祥子さんと結ばれた守るべき命を得て意識は変わった。

「僕の人生で子どものいる生活って考えたことがなかった。危ないから多分子どもは持てないだろうなって思ってた時期の方が長くて。」冒険家の使命は何が何でも生きて帰ることに変わった。

入山から11日。雪と氷の大地で人間はあまりにもちっぽけだ。とてもまっすぐには進めない。中島が迂回して進路を見つける。しかし、中島に一瞬の油断があったのか。反射的にスイッチを入れたカメラには、底なしの深みを映し出すクレバスだ。

平出はロープ一本で相棒を支えていた。溝の隙間はおよそ50CM。全身で踏ん張りながら脱出の道を探す。わずかな足場を見つけて、雪に埋もれないよう装着していた器具を外した。氷を相手にするには鋭く尖った歯に変えなければならない。溝から這い上がった中島。平出に無事を伝えるため大声を上げた。雪に隠れたクレバスは網の目のように囲っている。

テントは少しでも荷を軽くするため一人用だった。今日はここで一夜を明かす。生と死の境を垣間見ながら二人は平然としていた。

翌日も怯むことなく、前進。視界が白でなくなり相棒の背中しか見えないなか、その雲の先にはK2が屹立しているはずだ。

ここでテントを張り、粘ること5時間後。僅かな晴れ間に屹立が垣間見えた。目の前にこんなでかい頂きがあったとは。標高8611 Mこの位置から頂上までの高低差だけでも3000M。

神々しい姿を見せ始めたK2の障壁。ここに足跡を刻みたい。欲望が再び動き出す。平出は世界のトップクライマーが思わず身を乗り出すような映像をものにした。傾斜はざっと70°。俺は登りきれるか様々なルートを思い描いては諦める。その5分が平出を覚醒させていた。

「いま見ている感じだと行けて半分。見れば見るほど恐ろしいよ。」

「見えてしまった。見えてしまった。よかったんですかね。まぁだからこそ自分に何が足りないのかっていうのも分かったし」

偵察を終えた二人はいつになるかわからない挑戦を夢想してはしゃいでいたとき、一方が届いた。

二人のいるパキスタンに届いたのは2度目となるピオレドール賞ノミネートのお知らせ。中島と組んだ去年の登坂が認められた。

でもいまの平出の心の中は、K2への思いでいっぱいだ 。登るべきは己の中にそびえる。まだ見ぬ山かもしれない。

 

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【365日】プロフェッショナル・クリエイターの仕事や人生の名言【7月29日-8月4日】

 

365日、誰かが生まれて、ときになくなります。ここではプロフェッショナルと言われた人々の仕事や人生に役立つ言葉を名言集として誕生日、逝去日で紹介します。

【210/365日の名言】 7月29日生まれ
さくまあきら ゲーム作家

「ゲーム画面の中を作るな。ゲーム画面の前を作れ」

さくまあきら氏はゲーム「桃鉄」の作者、製作者との対談で、さくまあきら氏がよく言っていた言葉に「ゲーム画面の中を作るな。ゲーム画面の前を作れ」がある。『桃鉄』は誰でも簡単に楽しめるゲームであるが、それには多くの試行錯誤の背景がある。ゲームを実際にやってもらい検証するテストを何度もしたこと、日本の平均的な完成の人にテストをしてもらったこと。自分の世界観から作り始めたものも誰かに届ける上では主観ではなく、客観的に作り込む。ゲーム画面の前にで楽しむ人を見てゲームを作る。モノづくりで欠かせないことを再認識させてくれる名言。

【211/365日の名言】 7月30日生まれ
立原道造 詩人

“夢見たものは ひとつの愛
ねがつたものは ひとつの幸福
それらはすべてここに ある と”

願うものは、愛であり幸福である。誰もが目的とすることは実はここであって、手段だけが千差万別で違うのではないか。それが時に争いを生むとしても、忘れないでいたいのは、愛や幸福はすでに足元にある。争う前に今一度思い出したい言葉であり名言。

【212/365日の名言】 7月31日生まれ
杉原千畝 外交官

“世界は大きな車輪のようなものですからね。
対立したり、あらそったりせずに、みんなで手をつなぎあって、
まわっていかなければなりません…。
では、お元気で、幸運をいのります”

杉浦千畝は迫害されたユダヤ難民を救うために外務省に意向に反しビザを発行し、後に東洋のシンドラーと言われた。この言葉から分かるように、彼の世界観は円を成している。地球は丸く、本来、隅っこで泣くような場所なんかない。つまり地球に迫害という言葉はいらいないと声をあげるではなく、ビザをあげた行動力に胸を打たれる名言。

【213/365日の名言】 8月1日生まれ
冨永愛 モデル

この1年間仕事を減らして、息子が朝学校に行くときは「いってらっしゃい」、学校から帰って来たら「おかえりなさい」、お稽古の空手から帰ってきたら自分の手料理を食べさせてあげて「おやすみ」と言える母親になりたいと。

モデルとして、芸能人として走ってきた冨永愛氏。その原動力は怒りであったと。差別や、表現への違和感から次第に心と身体は疲れていった答えに。息子にとってただ母であろうと思ったときの言葉。ただただ母であろう。それは、これまでしてきた活動からの距離を置きながらも、本来の人間性を取り戻し、怒りではなく、優しさや愛を放ちはじめた存在に生まれ変わった瞬間かもしれいない。潔くいまいる場所から離れ、本来ありたい自分や場所にするときに背中を押される名言。

【214/365日の名言】 8月2日生まれ
鴻上尚史 劇作家

実は愚かな同調圧力、理不尽な同調圧力に抗えるものというのは、好きだという、プリミティブな、しかし根本的な感情なんだろうという風に僕は思いましたね。

この言葉は、戦時中の特攻兵に9回特攻を命じられ、9回全てに生きて帰還した方がいた時の話を振り返り、彼を取材した鴻上氏が、その方は強い同調圧力になぜ抵抗できたか考えたどり着いた言葉。つまるところ、その特攻兵は「空を飛ぶことが好き」だったという感情が理不尽な命令に対し許せなかったのではないかという。周囲からの声に対し、従ってしまいたくなる気持ちは、自分の「好き」が試されていると肝に命じておきたい名言。

【215/365日の名言】 8月3日生まれ
行定勲 映画監督

批評は悪い批評を見るようにしている。そのなかに自分を変えてくれる批評があるから。

表現をすれば評価や批評はどうしても避けられない。それを受け止める人もいれば、あえて知ろうとしない人もいる。決して耳障りの良い言葉ばかりではないし、心を傷つけられる言葉すらある。しかし行定勲氏はあえて、悪い批評を見る。それが今後の表現へのヒントになると。マイナスをプラスに変える彼の心の強さというのか、表現への貪欲な姿勢は見習いたいと背筋が伸びる名言。

【216/365日の名言】 8月4日生まれ
バラク・オバマ アメリカ44代大統領

表に出よう。飛び込め。続けるんだ

勝つ時もあれば、負ける時もあるでしょう。他人の善意を利用しようとしても、それにはリスクが伴います。その過程で落胆することもあるでしょう。しかし、私たちの中で幸運にもこの作業に一部でも加わり、間近で見ることできた人は、この作業をすると活力を得られますし、インスパイアされます。

オバマ大統領最後の言葉。行動しよう。それがうまく行かなくとも周囲に広がることもある。それが力となる。行動し続けよう。「チェンジ」「私達ならできる」と謳い続けた氏は大統領としての最後の言葉でも、行動を止めるなと、最後まで聴いた人の心を鼓舞し続けてくれ、いまも奮い立たせてくれる名言。

 

 

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