武田信玄の厳選22の名言から学ぶ【人生と仕事の哲学】

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武田信玄は戦国武将。後世、家康からは武神と評価されるほどの戦に長けた武将。武田信玄が最期、自分が死んだことが広まれば他の戦国大名らが領地に侵攻されることを懸念し、子の勝頼に「3年間、喪を秘せ」と自分の死を秘密にしろと遺言したとされています。死後のことも考え最後まで領主であった気高さが伺いしれます。彼の言葉には、自分の長所を活かし現状を乗り越えていこうとする言葉に溢れています。人生や仕事に対しての哲学的な言葉が魅力的な武田信玄の言葉から厳選した名言集を紹介します。

武田信玄はどんなひと?

武田 信玄 / 武田 晴信は、戦国時代の武将、甲斐の守護大名・戦国大名。甲斐源氏の嫡流にあたる甲斐武田家第19代当主。諱は晴信、通称は太郎。「信玄」とは法名で、正式には徳栄軒信玄。1915年11月10日に従三位を贈られる。 甲斐の守護を務めた甲斐源氏武田家第18代・武田信虎の嫡男。

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武田信玄の人生の名言 -長所を伸ばすことの大切さを教えてくれる言葉

武田信玄は八歳からお寺に住み込みで学問をはじめたといい、一巻の書を2~3日のうちに読み終わったあと、「武将として必要な情報ではない」として、軍術に熟達できる書を求めたそうです。師からは中国の七部、【 孫子・呉子・司馬法・尉繚子・三略・六韜・李衛公問対 】を与えられ武田信玄は喜び、昼夜を通してこれを学び、その理を徹底的に悟ったといいます。彼の言葉には、武に関する言葉が多くありますが、つまりひとについての言葉です。自身の学習能力に関心事に注ぐことでその能力は大きく伸びていきます。長所を伸ばすことの重要性を知る彼の言葉には、現代でも参考になる言葉に溢れています。 武田信玄の言葉を読んだあと、自身のなにを伸ばしていくべきか考えさせられる名言を紹介します。

負けまじき軍に負け、亡ぶまじき家の亡ぶるを、人みな天命と言う。それがしに於いては天命とは思はず、みな仕様の悪しきが故と思うなり。

人間にとって学問は、木の枝に繁る葉と同じだ。

風林火山 –疾(と)きこと風の如く、徐(しず)かなること林の如く、侵掠(しんりゃく)すること火の如く、動かざること山の如し。

三度ものをいって三度言葉の変わる人間は、嘘をつく人間である。

人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり。

百人のうち九十九人に誉めらるるは、善き者にあらず。

武田信玄の人生の名言 -いかに生きるかという方法を教えてくれる言葉

武田信玄のエピソードは尽きず、信玄は家中の者に対して陰日向、つまり人の見ている所と見ていない所とで言行が違うことがないように務めたそうです。どうなかったというと、本人の手柄に応じて評価を与えることで、人々の陰日向は全くなかったそうです。武田信玄の言葉には、生き方のヒントになる言葉があります。ひとと生きることについて考えてみたくなる言葉・名言を紹介します。

信頼してこそ人は尽くしてくれるものだ。

武将が陥りやすい三大失観。一、分別あるものを悪人と見ること一、遠慮あるものを臆病と見ること一、軽躁なるものを勇剛と見ること

もう一押しこそ慎重になれ。

晴信(信玄)が定めや法度以下において、違反しているようなことがあったなれば、身分の高い低いを問わず、目安(投書)をもって申すべし。時と場合によって自らその覚悟をする。

武田信玄の仕事の名言 -「 迷わずいけよ 」仕事について考えさせられる言葉

武田信玄は情報収集を重要視しており、隠密組織や諜報活動員が全国にいたそうです。信玄は日本中を廻っていたかのように思われ「足長坊主」とも呼ばれていたそうです。誰よりも情報の大切さを理解していた彼の姿勢には、現代のような情報社会ではなおさら身に染みてくるものがあります。武田信玄に倣い、情報収集から自身の仕事を振り返りたくなる言葉をご紹介します。

我、人を使うにあらず。その業を使うにあり。

大将たる者は、家臣に慈悲の心をもって接することが、最も重要である。

今後は、一人働きは無用である。足軽を預かっていながら独りよがりの行動をとれば、組の者は組頭をなくし、味方の勝利を失うことになるからだ。

為せば成る為さねば成らぬ成る業(わざ)を成らぬと捨つる人のはかなき

勝敗は六分か七分勝てば良い。八分の勝ちはすでに危険であり、九分、十分の勝ちは大敗を招く下地となる。

戦いは五分の勝利をもって上となし、七分を中となし、十分をもって下となる。五分は励みを生じ、七分は怠りを生じ、十分はおごりを生ず。

渋柿は渋柿として使え。継木をして甘くすることなど小細工である。

戦いは四十歳以前は勝つように、四十歳からは負けないようにすることだ。ただし二十歳前後は、自分より小身の敵に対して、負けなければよい。勝ちすぎてはならない。将来を第一に考えて、気長に対処することが肝要である。

自分のしたいことより、嫌なことを先にせよ。この心構えさえあれば、道の途中で挫折したり、身を滅ぼしたりするようなことはないはずだ。

一日ひとつずつの教訓を聞いていったとしても、ひと月で三十か条になるのだ。これを一年にすれば、三百六十か条ものことを知ることになるのではないか。

いくら厳しい規則を作って、家臣に強制しても、大将がわがままな振る舞いをしていたのでは、規則などあってなきがごとしである。人に規則を守らせるには、まず自身の言動を反省し、非があれば直ちに改める姿勢を強く持たねばならない。

晴信(信玄)の弓矢は欲のためではなく、民百姓を安楽にするためだと民に知らせれば、わしが軍を進めるのを待ち望むようになる。

武田信玄の人生と仕事の名言が溢れ出ている書籍

武田信玄の、生涯・人物・大社寺・地名・自然・城館などを掲載。大項目11項で構成し、付編として4編の図表・年譜を収録。各項目ごと50音順で配列する。武田信玄のすべてがわかる事典。

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“狂乱の日々を送り、民に恨みの声をあげさせていた父・武田信虎を追放して甲斐の国の主となった信玄は、信濃の国に怒涛の進撃をはじめた。 諏訪頼重を甲斐に幽閉し小笠原長時を塩尻峠に破り、さらに村上義清を砥石城に攻略する。 信玄は天下統一を夢みて、京都に上ろうと志す。 終生のライバル・上杉謙信との川中島の決戦、軍司・山本勘兵衛など、諏訪生まれの巨匠が雄大な構想で描く歴史小説の第一巻、いよいよスタート。”

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天才的な智略によって、信濃の国を平定した信玄の野望は、あくまでも京都に上って天下に号令することである。同じ野望の今川義元がまず上洛の軍を起すが、桶狭間の戦いで織田信長にはばまれる。信玄を牽制するのは越後の上杉謙信である。信玄はいまや謙信と宿命の対決を迎えようとしている。著者会心の歴史小説第二巻。

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川中島の大会戦に勝利を得た信玄は、天下に号令する道を一歩一歩確実に歩んでゆく。しかし、長男の義信との仲が思わしくなく、やがて信玄は苦悩のすえ、親子の縁を断つのである。後継者を愛する湖衣姫との間にできた勝頼と決めた信玄は、強敵北条氏を追いおとすために、関東に軍を進め、小田原城に迫る。

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甲州・信州の全域をわがものとして、さらに駿河府中をおさえた信玄は、いよいよ京都にのぼろうとするが、織田信長に先をこされてしまい焦るばかりだ。その上、年来の病いが身をしばりつける。合理的な戦術によって、合戦に転機をもたらした名将・武田信玄の生涯を描いた長篇三千枚がいよいよ完結する第四巻。

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