【情熱大陸】プロゲーマー・ときどの要約文字起こしと仕事・名言

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概要 【情熱大陸】プロゲーマー・ときど

今や地球上で10億人が熱狂するコンピューターの対戦ゲーム。先進国ではeSports(electric sportsの略)と呼ばれ、1つの大会で賞金総額26億円が支払われたり、オリンピック競技に採用が検討されるなど年々スポーツ競技として存在感を増しつつある。
中でも人気なのが格闘ゲームの「ストリートファイターV」で、その世界最大の大会で昨年優勝を果たし、現在世界ランキングトップを争うのが日本人プロゲーマーのときど、本名谷口一(はじめ)33歳だ。
プロゲーマーの主な収入源は、大会で獲得する賞金と支援してもらうスポンサーからの報酬。安定という二文字はない完全なる勝負の世界だ。東大工学部を卒業し化学者になることも考えたときどだったが、8年前に退路を断ち、実力だけがものを言うゲームの道に飛び込んだ。強くなるためにありとあらゆる工夫をこらす彼は、ジムに通って理論的に体を鍛え、武道に精進し、食事にもこだわりみせる。
日本は世界でも有数のゲーム大国にもかかわらずeSports後進国であり、ときど自身、一昔前までは世間では「ゲームばっかりやってると…」と眉をひそめられ肩身の狭い思いを経験してきた。だが、エンタテイメントとして世界的な認知度が高まりつつある今、自分たち日本人ゲーマーが活躍することで、eSportsの可能性に多くの日本人が気づいてくれるはずだと信じている。
番組では、各地の有名な格闘ゲーム大会を渡り歩きながら、世界の強豪たちとの闘いに挑む日々を半年にわたって取材、先月、米アトランタで開催された賞金総額2800万円の「ELEAGUE」優勝、そして今年連覇のかかったラスベガスの「エボリューション・チャンピオンシップ・シリーズ」の舞台裏に完全密着した。いずれも世界中のゲーマーが大注目するビッグタイトル。果たしてときどはどんな姿を見せるのだろうか?公式サイト

プロゲーマー・ときどのプロフィール

1985年沖縄生まれの横浜育ち。ご褒美のゲームソフト欲しさに勉強し、名門麻布中学・高校を出て東京大学教養学部理科1類に入学。科学者を志して大学院に進むも2010年中退しプロゲーマーの道へ。海外で活躍する伝説的存在の梅原大吾らと共に、世界の大会を席巻、海外のファンも多い33歳。

【情熱大陸】プロゲーマー・ときどの要約文字起こし

最近ではまだ正当に評価されていないプロゲーマーという職業。彼らの存在に眩しい光が当たっているのはむしろ海外だ。

去年にアメリカで喝采を浴びた男。ときど。格闘ゲームにおける世界最大の大会に挑む。決勝まで勝ち進み賞金400万円近くをゲットした。

世界ランキングでトップ争いを繰り広げている。

この日、会場のゲームセンターはこの戦いを決して見逃さないと熱いファンでごった返していた。

対戦相手は日本初のプロゲーマー梅原大吾。

彼に憧れて、ときどはプロになった。

ときどは次第に追い詰められていき、ゲームセット。完敗だった。

「出直してきます。」悔しさに震えていた。

偉大な先達はまだまだ巨大だった。

プロゲーマー・ときどの敵は世間

東京中野にあるマンションの一室が事務所を兼ねた練習場。

その生活は主にスポンサー契約や大会の賞金で成り立っている。

同じプロ仲間と練習で腕を磨き続ける毎日。手を休めるのは食事を作るときくらいだろうか。

この日のディナーは鶏肉のシンガポール風煮込み。こだわるところはまるでアスリートのようだ。

「今いろいろ持て囃されてますけど、僕たちプレイヤーはマイナーだということを分かっている。いまは持ち上げられているけれど、それだと、すぐブームは去ってしまう。」

「そうさせないために自分たちのしていることの深さや歴史など。真剣にプレイしてた変な人たちがいるんだなっていうことは伝えていきたいですよね。」

梅原大吾に惨敗に涙したあの一戦を振り返る。

「一瞬でポジションを入れ替えられ反撃を許してしまった。追い詰めてじっくりなんすよ。追い詰めてからじっくりいたぶる事が大事」

朝から晩までゲーム漬けかと思いきや意外な一面があった。

週に一度は空手の稽古。1年前友人に紹介されてすっかりはまってしまった。

空手では先輩にあたる少年がさりげなくアドバイスをくれた。

「腕はこうやるのがいいよ」ときどは素直にアドバイスを受け入れる。

「これは勝つための練習。格闘技とか武道とかいうのかな。ちょっとヒントを得られるんじゃないかなって」

ここまでやるのがプロということか。

今、日本でストリートファイターのプロとしてなんとか生活できているゲーマーは30人。ただこれも意外なことだが、彼らは頻繁に顔を付き合わせ、練習に励んでいた。

ゲームイベントなどを運営する企業の一室。集まっていたのはゲームファンの間でみな名の知れたスタープレイヤーばかりだ。年齢は20代から30代。そこに梅原の姿もあった。

自分に刺激されてプロになった時どう彼はどう見ているのだろうか。

「東大卒プロゲーマーっていう肩書きが今になっては定着してますけど、当時は東大のブランドを手放す勇気があるのか、手放すことのものだとわかってないのか、どっちなんだこいつはって思ってました。変わった人間だなとは思います。」

「僕らが叩かなきゃいけないってプレイヤー同士っていうよりは、世間の目だと思うんですよ。プレイヤーは僕はみんな仲間だなと思う」

プロゲーマー・ときどの意外な一面

ときどは現在33歳。独身の一人暮らし。自宅を訪ねた。ほとんど寝るためだけに帰ってくるというワンルームは、まるで引っ越してきたばかりのようだ。

「収入に応じて生活ランクを上げてはいけないという家の厳しい教えがあるんです。」谷口家のおじいさんの代からある家訓らしい。

またしても驚かされたことがある。

今日のチェック項目だけ、寝る前につけていた。

「運動した時間とか筋トレをしたか、食事は何回したかどうか、よく寝たかどうか、どのぐらい疲れていたとかですかね。」

「いざ大会とかで普段通りの試合をするためには、強い精神力が必要だなと思ってるんですけど、そのためには普段から自分の状態を作る必要がある。負荷をかけて回復させることなど、普段からやっとけば、いざという時にもなんとかできるんじゃないかと思っている。」

「ゲームが自分の中でいいものだと思えなくて」ときどの幼少時代

1985年、沖縄に生まれ神奈川で育った小学3年生の格闘ゲームでいとこから完膚なきまでに叩きのめされる。以来勝つことに取り憑かれ、次第に名を知られるようになった。

「親戚にゲームのことを褒めらるのが好きじゃなかった。大会に勝っても。ゲームが自分の中でいいものだと思えなくて、だからそんなもので褒めてくれるなという思いがあった。」

プロゲーマーになるか公務員になるか。大学院時代、父親に相談したことがある。

「相談に来た時に話しパッと聞いた瞬間に、好きにやってもいい、もうすぐに躊躇なく伝えた。」父親は当時を振り返った。

この日、ときどが訪れたのは視力のトレーニング施設。画面には三角マークが並ぶ8本のラインが一瞬表示される中に、二本だけ丸のマークが含まれたラインがある。このラインを見極める訓練。

これを繰り返すと周辺視野が広がるらしい。同時に自分の癖を知ることもできる。

「ときどさんの能力ってめちゃくちゃ高い。他のアスリートと同じかそれ以上のレベル。」ときどの身体能力はトレーナーも高く評価する。

そして、試合前はランニング。

「試合をやる前に心拍数をあげていわゆるゾーンに入りやすようにする。」

この日はアトランタに招かれた。世界各国24人のトッププレイヤーがしのぎを削る大会。賞金総額は2700万円を超える。

順当に価値上がりコマを進めた。準決勝相手は何と梅原だった春の無念を晴らす絶好のチャンス。

今度こそ勝たなければ、ときどに比べ梅原の表情にはゆとりがあった。心拍数を上げ深呼吸する。これでときどの集中力は万全だった。

二度と同じ過ちは繰り返さない。そう心に誓っていた追い詰めて、じっくりいたぶる。画面の端に相手を追い込むと、攻撃を重ねた。

歴史が変わった。

決勝に勝ち上がり、優勝。

次の舞台はラスベガス。ボクシングの世界タイトルマッチも行われるアリーナな会場だった。

大観衆が見守る中、ときどは新たな伝説を作ってみせようと、颯爽とステージへ向かった。

 

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