【新潟 浦佐のやな】 鮎の塩焼きを頂きながら「のんびり時間」を楽しむ。

新潟の浦佐には鮎の塩焼きが食べれられる簗場(やな場)があります。獲ったばかりの鮎をその場でじっくり塩焼きする鮎を川床のように川辺で食べられる格別の体験でした。今回は浦佐のやな場をご紹介します。

信濃川から流れる鮎を食べれられる浦佐やな

妻の実家の新潟帰省をすると、義父が新潟の魅力的な場所へ連れていってくれます。感謝。

今回は、川魚を食べようと「浦佐やな」へ

妻の実家の十日町から車で20分~30分、上越新幹線浦佐駅より5分ほど、新潟県魚沼地方を流れる一級河川、信濃川の支流の一つの魚野川に隣接した場所にあります。

浦佐やな

屋外に堀があり、そこに魚野川で獲れた川魚が泳いでいました。

浦佐やな 堀

簗(やな)とは川魚を捉える仕掛け

魚野川に枝分かれするように川魚を捕まえる簗(やな)があります。

簗(やな)とは、水流をせきとめた川の瀬の一か所に簀(す)を張り、魚を捕らえる仕掛けのことだそうです。この簗という仕掛けで捕らえた魚をここで調理し、食べさせてくれる場所がやな場といいます。

浦佐やな 簗

動画をご覧になって見てほしいのですが、簗を間近で見てみると川の流れの勢いを感じます。ずっと見ていられるような絶え間ない水の流れに時折、ペチペチと魚が迷い込んで来るのでしょう。実際、簗の浅い場所に魚がいました。

この簗で定期的に流れ着いた魚を確認し、手前の箱に入れておくそうです。実際にとれているかどうかがひと目で分かり、漁の場も気軽に見せてくれる点はとても牧歌的で魅力のひとつです。

メニューはヤマメ・鰻など豊富、なかでも鮎の塩焼きが一番人気

メニューにはヤマメやウナギなど気になる魚はたくさんありましたが、今回は鮎を頂きました。義父のオススメの鮎ですので一択です。鰻は次回。

屋内は桟敷席が用意され、魚野川や山を眺めながら、川の音、鳥の鳴き声、ときたま風が吹き抜け気持ち良い場所です。ここでいましばらく鮎の塩焼きが焼きあがるのを待ちます。塩焼きはじっくり焼き上げるため時間は30分ほどは要しました。

鮎を食べることを目的に時間に余裕を持っていくことをおすすめします。ただ、場所が場所なので、気持ち良い雰囲気を味わっていれば体感が10分くらいかなと思います。

浦佐やな 桟敷

(引用元 http://www16.plala.or.jp/yanaba/ind.html)

鮎は囲炉裏でじっくり塩焼き

また、ここも牧歌というかゆるい感じでいいなと思った点ですが、実際に塩焼きする風景も見せてくれます。鮎をこうして囲炉裏で焼くシーンははじめて見たのでとても貴重な体験でした。

鮎を串刺しにして囲炉裏でじっくり焼き上げてます。おじさんは暑そうです。

浦佐やな 囲炉裏

浦佐やな 囲炉裏2

焼き上がりまでの時間は囲炉裏や桟敷、堀など見るものどこも楽しめるので、焼き上がりの20分~30分もあっと言う間です。その間は、桟敷でのんびり談笑しながら待ちます。

新潟時間が体内時計をゆっくりにしてくれる

やな場にいると、さっきまで都会にいた自分の体内時計がゆったりしてきます。

都会はファーストフードでなくても料理は早くでたりします。出す側もお客が待てる時間は7分だからそれまでにいかに出すかなど、なるべく早く出す努力をするお店も多くあります。

ここでは、それがないので待ち時間の過ごし方にはじめは少し戸惑っているのですが、ただただ時間を過ごせばいいのです。待つことに対し、イライラする必要も、待たされていると思うこともないと気付かされます。自分の時間感覚がだんだんのんびりと風景と同じように流れてくるのを感じます。

浦佐やな 景色

出来上がりをゆっくり待つ食の効用

待ち時間のもうひとつの効用は、十分に食欲を湧かせてくれることです。都会の待ち時間といえば人気ラーメン店なんかである行列がありますが、ここは焼き上がりを待つ純粋な待ち時間です。どちらも待ち時間ですが、なんというやな場の空気感は鮎が流れ着いて、やな場の人が調理をしてくれるまでの時間やストーリーを肌で感じることができ、自然と食欲が湧いてきます。自分のほんのすこしの野生な食欲が感じられる空腹感が心地良いです。

都会では早く出てくる料理に人気で人が食べ終わるのを待つ待ち時間の身動きが取れない待ち時間とは違う待ち時間がここにはありました。いよいよ焼き上がりです。

浦佐やな 鮎

鮎の口先が尖っている。これは川の流れに逆らってきた証であり天然の証拠。食し方としては、箸で背骨の部分に沿って箸で少し押しほぐす。その後、頭部から一気に背骨まるごと抜き出す。義父の解説がはじめて鮎を食べる瞬間を盛り上げてくれる。

焼き立てを頬張ると、鮎の肉がほぐれ、さっきまでの囲炉裏にあった温度と風味、そして塩が口全体に広がる。

川と山、簗場と桟敷、囲炉裏と塩、五感で味わう美味しさがありました。

 

 

【浦佐やな】

【おすすめ小説】君の膵臓を食べたい 関わることで生きていることを実感する【あらすじ感想】

妻との共通の趣味と言えば本屋に行くこと。そこで本、小説や漫画、絵本なんかを買って読むことだろうか。

どこかに出掛けに行けば最寄りの本屋に立ち寄る。

もともと一人でも自然に足が向く場所に、いま二人の時間でも立ち寄ることができることは大変有難い。

タイトルが気になるね、なんて買ってみた本著。おそらく恋愛小説で、男女のどちらかが不治の病なのだろう。どうせ泣かされてしまうのだろう。聞いたことあるような話を予想し高を括る。
どちらが買ったかは忘れたが、ひとりでは買わなかった本かもしれない。二人でいることはそれだけで世界が広がる。

彼女の秘密を唯一知るクラスメート

夏が終わる頃、彼はクラスメートである山内桜良にメールを送った。二人にしか分からないあるメッセージを込めて。
4ヶ月前、もし彼女の秘密を知らなければ、彼はまだひとりでいることを選んでいたのかもしれない。

家族以外には知らせていない秘密、膵臓に不治の病を抱える山内桜良、余命宣告をされてから書き始めた秘密の日記「共病文庫」を彼は偶然見つけてしまう。
ひとりを好み交友を必要としない彼と、周囲を明るくし花を咲かせる彼女と対照的な二人。

彼は彼女の秘密を知った唯一の知人として、彼女の残り時間を謳歌することに協力する。二人だけの秘密の関係がはじまる。
焼肉屋にいき旅行にいき、他愛のない彼女の願いに付き合う彼のなかには、人との関係を築く煩わしさや怖さを覚えさせると同時に、人への好意や尊敬、そして彼女が鏡として自分自身を映すことで気づかされた本心。

君にとって生きてるってどういうこと?

彼は彼女に問いかける。

私にとって生きてるって誰かと関わっていること、もしこの世界に自分ひとりだけだったら自分自身に気づくこともないし、生きてるって自覚することもない。

彼はこの質問の答えに彼女の人生観を知り、いま自分が彼女といることはただ、秘密を共有する知人だからといった理由ではない、自分の心の声に気づく。

クラスメートから友人に、そして互いを掛け替えの無い存在として心を通わせ始めた二人だけの時間は、それこそ掛掛け替えのない時間になっていた。
余命を知りつつも、どこかでそんな時間がいつまでも続くと思っていた。

しかし、彼女は突然とこの世から消える。

ふたりつなぐ共病文庫

高を括っていたはずの涙腺が緩んでしまった。

恋愛と死、出会いの幸福も別れの悲しみも最大限に表現する二つの事柄は、これまで何度も読んできた在り来たりな話なのだけれど、いかにその在り来たりを単調に感じさせないか。作者の腕の見せ所だ。

最後まで読んでしまった本作で際立つ特徴は名前と死、その2つに含まれた意味を回収していくように読み明かされる共病文庫という遺書。

本作は主人公の彼が語り口となった一人称の文体で構成されておりページを2.3めくると気づくが、彼が他人に呼ばれる名前は「地味なクラスメイト」くん、「秘密を知った知人くん」なんて呼ばれている。これはつまり彼目線から他人が自分をどう思っているかを名前に当てはめており、彼の世界観そのものが表現されている。

彼女との関わりによって、次第に彼を呼ぶ名前が変わることで彼女との距離感や世界観の変化が伝わってくる。

もうひとつ、死が迫る彼女の残された時間はつまり、彼が彼女と過ごせる時間であり、彼の世界が見違える時間そのものだ。人間は「いま」しか生きられない。彼もまた「いま」を生き始めていたのだろう。

見違えた時間は有限であることが分かっているのにどこか無限かのように感じてしまうのは彼だけではない。読み手が彼に感情移入をし、突然の別れに途方に暮れる。この物語はどう閉じられるのか。彼女が記した共病文庫が彼を、そして彼女に関わる人々の喪失に一助をもたらす。

どうだった?泣いたよ。妻とひとつふたつ感想を話す。

人と関わることは、確かにそれだけで生きてる気がする。