「勝ち負けのない世界を作れる」かわいい夫の存在価値について

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書店に足を運ぶと、時間さえ許せば、何時間もいれてしまいます。

あらゆる種類の好奇心と探究心が

広く浅く、狭く深く、

伝えたいという意志で

満たされていて、

並んでいて、囲まれていて、

ひとりの小さな好奇心が

立ち止まり、手を伸ばし、ページをめくり、

耳は静かでも、心は賑やかで、

好きなこと嫌いなことが違うひとりひとりが

それぞれの好奇心を頼りに、立ち止まり、手を伸ばす。

そこにある見ず知らずな人々の往来のすべてを本が肯定してくれる。

書店はそんな空間だと思います。

できるだけ、いろんな棚に目を通したいなと気づけば時間がたっています。

かわいい夫の存在価値

立ち止まったのは、

かわいいと言われる夫になりたかったのかもしれませんし、

手を伸ばしたのは、

妻に自分のかわいさに気づいてと思ったのかもしれません。(自身でいうのもなんですが)

妻は、夫をどう思うのか、「かわいい」とは、どんなシーンにそのような気持ちになるのか?

夫婦という関係の不思議さを日々感じているからこそ、気になったのは確かでした。

”私の夫はかわいい。
顔がかわいいのではなく、存在がかわいい。ざしきわらしのようだ”

著者は小説家である山崎ナオコーラさん。

書店員を勤める夫よりも経済的に優位であり、

社会的に効力を発揮する、または評価されるスキル・能力というものがあるとしたら、

著者は、それら数えるどれもが夫よりも優れている。

そんな夫婦のバランス関係をまわりには、かわいそうとも言われる。かわいいではなく。

”夫の良さは、「勝ち負けのない世界を作れる」というものかもしれない”

夫婦自身には無理のない心地良いバランスであり、

むしろ夫に対する著者の目線には尊敬を感じる。

おそらく、この夫婦には経済的ないわゆる「稼ぐ」という能力で、相手の存在価値が変わることはない。

別の価値観、夫が作る二人だけの「勝ち負けのない世界」がある。

それはなにも二人だけの閉じた世界でなく、

二人とふたりの親たちとの関わりのなかにも広がっていく。

父親の体調の変化、母の過激な言動。

親と子の関係性に、ひとり、夫が加わることで、親と子の新しい関係性が生まれる。

夫の何気ない言葉に親の気遣いに気付かされ、

細身な夫の食べっぷりの良さひとつがただただ周囲を明るくする。

その優しさや誠実さは、

数字に表わされることもなければ、勝ち星もつかない。

その存在は、

勝ち負けのない、空に輝く、星そのものとして、

著者がいまいる場所と、これから歩いていく方角を確認することができる。

 

妻にも、または母や父、家族や知人にも「かわいい」と思うことがあります。

著者の言葉を借りれば、”存在がかわいい”という意味です。(もちろん顔も大変かわいいと思っております。)

損得感情における計算のようなものが、この「かわいい」にはありません。

計算をする必要もなく、答えはもうすでに出ている「かわいい」で十分です。

できることなら、

四則演算を駆使し損得で計った関係よりも、

「かわいい」それだけで十分な関係に囲まれたいなと思います。

「勝ち負けのない世界」に気づかせてくれたこと。

夫婦について書かれた本著書のあとがきの日付が、偶然、自分の妻の誕生日であったこと。

この偶然が個人的に嬉しい、ということをもって「かわいい夫」であることをさり気なく気づかせようと思いました。

 

 

 

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