【言葉・名言】きのうの言葉は明日のヒント

【言葉・名言】悪い批評を見る。自分を変えてくれる批評があるから。行定勲 映画監督

 

“批評は悪い批評を見るようにしている。そのなかに自分を変えてくれる批評があるから。”

行定 勲 映画監督

出典:僕らの時代

【プロフィール】
『OPEN HOUSE』(1997年、松竹)で長編映画初監督(第2回みちのく国際ミステリー映画祭 in 盛岡で新人監督奨励賞グランプリ この頃から一部業界関係者からはポスト岩井の呼び声も高く、注目され始める[4]。その後『OPEN HOUSE』を観たプロデューサーからの依頼で、『ひまわり』(第5回釜山国際映画祭批評家連盟賞[1])で劇場公開監督デビュー[4]。『GO』(第25回日本アカデミー賞作品賞・最優秀主演男優賞・最優秀助演男優賞・最優秀助演女優賞)の成功で一躍脚光を浴び、『世界の中心で、愛をさけぶ』、『北の零年』、『春の雪』などの監督作品でヒットメーカーとなった。
2006年4月からは、生まれ故郷のFM局(エフエム熊本)で月1回の生放送ラジオ番組『月刊行定勲』をスタートさせた[1]。
2010年、映画『パレード』が第60回ベルリン国際映画祭において国際批評家連盟賞を受賞。出典:wikipedia

 

映画ナラタージュの公開告知として当番組で、松本潤さん、野田洋次郎さんと語った中ででたワンフレーズ。

作品を作るクリエイターのかたに批評はつきものであり、良い批評も悪い批評もあるなか、批評という他者からの評価や意見をどのくらい見聞きし、どう受け止めているのか。三者三様のなか、映画監督の行定勲氏は上記の言葉で批評に対する解釈を提示していました。

作品において、興行的な側面も担う作品には数字や売り上げが公開され、第三者に遠慮のない評価のなかに晒されます。そのプレッシャーやストレスのなかで、なおも悪い批評に耳を傾け、自身の力にしていくエネルギーやヒントと捉えられるメンタリティの強さに感心しました。

自分にとって耳の痛い意見を聴くことの効用

行定勲氏は悪い批評に対し、自分を変えてくれる意見があると言っています。それはつまり、自分が今まで考えていなかったことや、考えていたうえで表現したことが違う形で伝わっていく様子が端的に言葉にされており、それが今後の表現の改善点になるということだと思います。

つまり、悪い批評に耳を傾ける効用は、

・自分の至らない部分への認識が深まる
・自分が想像していなかった発想が得られる
・受け手がどう捉えているかが確認できる

の3つがあります。

これら3つの効用が期待できる批評や意見は、今後の改善点としてすぐにでも活用できる情報ということです。

玉石混交の批評の山を分け入っていくなかで傷つくこともあるでしょうが、そのなかに宝があるからこそ見つけにいくことができるのでしょう。

むしろここに分け入っていくかいかないかで、今後の成長がかわっていくような気さえします。

私を含め一般人の方々でも、作品ではなくとも日々何かしらの形で表現をしています。その表現に対する悪い批評や意見といった声に耳を傾けてみるとまた違う視点が見つかるかもしれません。

批評までされない一般人が耳の痛い意見を集める方法

しかし、自身の表現に対する意見といってもなかなか一般人にはないものです。そこで、どんな形でその声を集め、自身の宝とするか考えてみました。

・同じビジネスモデルや作風、スタイルの著名人をフォローする
・取り上げられている批判を一般化し、自身に当ててみる
・思い切って知人にダメ出しをしてもらう

の、3つが挙げられます。

自身に対しそもそも認知や興味が持たれていないなかで批評を拾う方法としては、まず、

・同じビジネスモデルや作風、スタイルの著名人をフォローする

ことです。

自分がしていることの世界に、上には上がいます。
その「上である方々」を観察し、どのような評価を見つめることで自身に活かすことができます。

次に、

・取り上げられている批判を一般化し、自身に当ててみる

は、先述とは違い、自身の活動とは関係がないものもあります。しかし、賛否両論の渦中にあるものは根源的に人間が抱える何かがあるからこそ多くの人が声をあげます。これらを一般化つまり、具体性から少し抽象的な言葉に置き換えることで、自身の活動に置き換えてみます。

最後に

・思い切って知人にダメ出しをしてもらう

です。

これはシンプルにダメだしをもらってしまう。そこには、具体的かつ自身によく当てはまる意見がもらえます。悪い意見を面と向かって言われることへのメンタル的な部分さえ持てば一番良い方法だと思います。

いずれにせよ、自身が成長すれば多くの人の目に触れる機会も増えます。もちろん悪い意見やダメ出しが増えます。そこに対して一喜一憂するのではなく、強い気持ちで明日のヒントになる改善点を見つけにいくことができれば、さらに成長や変化ができる機会を得られます。

誰でも悪い声は聞きたくありませんが、向き合っていくことを行定勲氏の言葉は教えてくれます。

 

2017.10.7公開予定「ナラタージュ」

https://youtu.be/DPTVDDvEBWY

【言葉・名言】77歳、これからの人生に胸がワクワクしている。加藤一二三 棋士

 “いま77歳、これからの人生でもいろんなことが私を待っていると思うと胸がワクワクしている。”

出典:棋士 加藤一二三 NHK 加藤一二三という男、ありけり

 

対局数2505局1324勝1180敗

60年棋士であり続け誰よりも負けた棋士の、引退しても心踊らす姿に勇気が湧く。

好奇心が人を強くする。

彼の溢れ出る好奇心が将棋に注がれ続けたからこそ、誰よりも負けた実績があったのだろう。

なぜなら誰よりも負けたということは、誰よりも勝負ができる場に居続けない限り成し得ない実績であるから。棋士としての実力はそのひたむきな好奇心の元に磨かれてこその実力であり、引退しても、とどまることのない好奇心に人間としてのエネルギーというか強さを感じる。

仮に自分が77歳になったとして、ワクワクすると言えているだろうか。好奇心が溢れ出ている心持ちでいられているだろうか。少し先の自分を想像すると、加藤氏のこの言葉はとても素敵な言葉としてより心に刺さる。

そして、いま自分はワクワクしているか?そう少し先の未来の自分から問われているような気がしてくる。好奇心を忘れずに。

1180敗、最も負けた男の凄さ

トップレベルで活躍した人の大半は負けが続いたり、階級が落ちると引退を決意する。しかし加藤氏は続けることを選んだ。

これがどのくらい凄いことかというと、相撲の横綱が十両に落ちても相撲を取るようなことだそうだ。

十両でも続ける力士を知らないし見たことはないが、それがつまり、将棋界で実在した加藤氏そのものの在りようだと思うと、凄いとしか言いようがないものがある。

誰よりも敗けたことがあるという実績が、将棋そのものではなく、人間としての強さを物語る。どんなに勝ち続けた人であろうともいつかは負けるときがくるならば、その負ける姿にこそ人は自身の負ける時の心情を重ね、よりその姿に惹かれていくのかもしれない。

散り際の美しさ。花はいつでも美しいもの

“加藤一二三は桜の花びらのようです。満開の桜も水面に散った桜も花びらは変わらずに美しいでしょ。”

加藤一二三の妻の言葉

加藤一二三氏の妻が語った氏の印象。桜の美しさに例えるそれ自体が美しい。満開に咲く桜はもちろん、散り際の桜も、散り落ちた桜の花びらも等しく美しい。人で言い換えるなら、成功していても失敗していても老若男女、過去未来、いつでも人はその時のその時の美しさがある。

つい、勝ち負けにだけにとらわれてしまいそうになる世界に、この一言で救われる人は多くいると思う。

思いやる暖かさに心が温まる

言葉ではないが、心温まるエピソードで終わりにしたい。

冬場の対局に、加藤氏は自前のストーブを用意し暖をとりながら将棋を指していた。対局中盤に対戦相手が急に「熱いんですけど」と怒った。

加藤氏は相手も寒いだろうと自分のストーブを相手に向けていたそう。

思いやりが招いた結果にこちらも温かくなる。

彼の人柄や人生観は、将棋を知らない人々にも愛される「美しさ」がある。

それは、誰よりもただただ敗けを重ねた男のはずがないひとつの証左だろう。

【書籍紹介】

通算1100敗超―14歳で史上最年少棋士としてプロデューするや18歳でA級八段に昇段するなど「神武以来の天才」と称された加藤一二三九段は、将棋界の寵児として活躍し、数多くのタイトルを獲得する一方、じつは歴代で最も多くの敗戦を記録している棋士でもあった。「将棋の負けに無駄な負けはひとつとしてありません」と断言する著者が、現役生活60周年を迎え、初めて自身の敗戦を振り返り「負けて強くなる」秘訣、そして「敗れてもなお積み重ねていくことの大切さ」を語る。

「剛毅であること」「謙虚であること」「柔和であること」「美しいこと」など、生きていく上で大切なことを、歴史に残る数々の名局と聖書の言葉を織り交ぜながら、天才・加藤一二三が語り下ろした「元気の源」そして「21世紀の幸福論」。