【365日、クリエイターの名言】

スティーブ・ジョブズの厳選21の名言から学ぶ【人生と仕事の哲学】

スティーブ・ジョブズの仕事と人生の名言 -
死ぬことを想い「いま、やりたいことをやろう」とする大切さ

スティーブ・ジョブズは元アップルの経営者。自身が立ち上げたアップルをクビにされ、世界初のコンピューターアニメーションである「トイ・ストーリー」を制作したピクサーを手がけ、再びアップルに戻ったジョブズはiPhoneを作った。この功績は映画監督のスピルバーグに「彼は人々の手元に世界を置いた」と言わしめたほど。彼の死生観からくる哲学的な言葉は魅力的であり、人生や仕事に勇気を与えてくれます。スティーブ・ジョブズの言葉から厳選した名言集を紹介します。

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17の時に、こんな名言に出会ったよ。“毎日を人生最後の日のように生きれば、間違いなく最高の人生を送れる”ってね。それ以来33年間、私は毎朝鏡を覗き込んで、こう自問し続けた。“もし今日死ぬなら、今日やろうとしていることを本当にやるか?”そして、その答えがNoである日が続いたときは、何かを変えなきゃいけないんだってわかったよ。

極論かもしれない。けれども、その極論を当然のように行動に落とし込んだ人のその行動は強度が違う。人生最後の日が今日だとしたら、どんな一日を送るだろうか?いままでしていたことを続けるだろうか?「何をしているか」や「どんなふうにしているのか」という回答ではなく、まず答えなければならないことは「なぜあなたはそれをしているのか?」ではないか。Why?これに自問自答して即答できる自分でいたいと思わされるジョブズの名言。もし今日死ぬなら、今日やろうとしていることを本当にやるか?

あなたの時間は限られている。だから他人の人生を生きたりして無駄に過ごしてはいけない。ドグマ(教義、常識、既存の理論)にとらわれるな。それは他人の考えた結果で生きていることなのだから。他人の意見が雑音のようにあなたの内面の声をかき消したりすることのないようにしなさい。そして最も重要なのは、自分の心と直感を信じる勇気を持ちなさい。それはどういうわけかあなたが本当になりたいものをすでによく知っているのだから。それ以外のことは、全部二の次の意味しかない。

もし今日死ぬなら、今日やろうとしていることを本当にやるか?さきの質問がこの言葉の背景にもつながっている。あなたが本当にしたいことができるのはあなたにとって幸せなこと。しかし、それができないで悩んでいる人も多いのではないだろうか。幸せにつながるように日々得てきた知識や人々と関係。これらがあなた自身の直感、心からの声をかき消してしまうこともあるのではないか。ドグマとジョブズは言ったあなた以外の知恵から少し距離をとって、今一度自分自身のうちにある言葉に耳を立ててみよう。ジョブズは13歳のときに、当時憧れていたヒューレット・パッカード社のビル・ヒューレットの自宅に電話をかけたそうだ。「周波数カウンタの部品をください」ヒューレットに言うと、彼は部品をくれただけでなく、夏休みにアルバイトをしないかと持ちかけきたそうだ。幼少の頃から、ジョブズは自分に正直にしたい行動をとってきた。それでも彼が残した言葉には、周囲の期待や声に自分を殺してしまうなというメッセージが込められている。ジョブズもときに弱気な自分と戦っていたのかもしれない。ほんの少しだけ、ジョブズのようになりたいときに自分自身の問うてみたい名言。

結果の平等はともかく、機会というものは誰にでも平等であると固く信じている。

結果は競争原理がある。同じ時間を割いたとして同じ結果を仮に出したとしても、他者からの評価は、2つの同じ結果に差異をつくり、順位をつける。結果は平等には与えられない。しかし、結果を得る仮定とししての機会は平等に近いものがあるのではないか。行動したものすべてに機会は目を配っている。結果を想像して、やめてしまうのではなく、まずは機会が巡ってくるのだからチャレンジしてみようか。そんなふうに気軽にチャレンジができる世界であってほしい。ジョブズはそんなふうに願い、信じていたのかと思える名言。

自分もいつかは死ぬ。それを思い出すことは、失うものなど何もないということを気づかせてくれる最善の方法です。

人はいつかは死ぬ。大前提のことだけれども、生きていくうえで忘れがちなこと。自分の生き方はあとどのくらい生きるつもりの生き方なのか。いつかは死ぬことから逆算したとき、その生き方についてどう感じたのか。死を常に意識しながら生きることは恐怖や悲しみ、寂しさと常に一緒に生きることかもしれない。けれども、それは同時に生きる喜びを最大限に感じさせてくれる生き方だと思えるジョブズの死生観ある名言。

私は、本当に好きな物事しか続けられないと確信している。何が好きなのかを探しなさい。あなたの仕事にも、恋人にも。

好きこそものの上手なれ、という日本の格言がありますが、海の向こうのジョブズも同じことを言っており、つまり、世界共通とも言える原理原則のようなものかもしれません。好きであれば没頭しますし、試行錯誤も苦にならず、成功の喜びも失敗の悔しさも人一倍感じることで、それが糧になり、エネルギーとなり、また没頭する。好循環が生まれさらにその循環が加速していくようなものです。あなたはなぜそれをしているのか?好きだから。これ以上の答えはないのかもしれません。論理を越えた感情で行動している人は、続けることにストレスが少ないでしょう。なにかをするなら、好きなことをした方が継続できるので自ずと結果も良好になる。まずなにをするか?そこから再度考えてみたくなるジョブズの名言。

すばらしい仕事をするには、自分のやっていることを好きにならなくてはいけない。まだそれを見つけていないのなら、探すのをやめてはいけない。安住してはいけない。心の問題のすべてがそうであるように、答えを見つけたときには、自然とわかるはずだ。

ジョブズは死を想えば、自分の心に正直に生きやすくなると説く。好きなことをしようと説く。もしあなたが好きなことがまだ見つからない場合でも、ジョブズは探すことをやめてはいけないと説く。探して探して、見つけたときの心の躍動をジョブズは知っているから探し続けることをすすめる。それほど好きなことをすることは特別な時間であり、生きるうえで大切なことだと伝えたいのだろう。ただただ生きるのではなく、夢中に生きる。そんな人の姿を見て人々は生き生きしていると表現する。生きることにさらに生きるを重ねた様子がこの表現にはある。まだ、見つけていないなら探し続けよう。そう思える名言。

残りの人生も砂糖水を売ることに費やしたいか、それとも世界を変えるチャンスが欲しいか?

これはペプシコーラの躍進を担った経営者ジョン・スカリー氏をアップルに引き抜く際に言った口説き文句。もちろん報酬などの条件面も最大限の提示をしているが、「世界を変えるチャンス」と自分たちがこれからやろうとしている未来について提示されたとき、スカリー氏の心は動いたのかもしれない。コーラを砂糖水と揶揄する前半部分は過激だが、同時に自分がいましていることにワクワクしているジョブズならではの口説き文句。アップルにこそ入らなくとも、この言葉を知ったあとと知る前では自分がしていることについての見方が変わる人もいるのではないか?レンガを組み上げる仕事をしているのか?教会を作っている仕事なのか?考え方でレンガひとつひとつへの姿勢が変わるのが仕事。自分がしている仕事にワクワクしているかが大切だと教えてくれるジョブズの名言。

海軍に入るくらいなら、海賊になったほうがいい。

ジョブズはおそらく漫画のワンピースを読んでいない。しかし、読んでいた人からすると、この言葉からワンピースを想起する人も多いのではないだろうか。海賊を取り締まる海軍。もちろん両者にどちらも熱い想いがあり、魅力的なキャラクターばかりだけれど、主人公は海賊であり、その魅力的な世界の中心は海賊の彼らだ。彼らの奔放な生き方が世界をまわしている。海賊がいなければ海軍はいないように、無法かもしれないほどの行動が世界を巻き込む。ジョブズはそんな海賊のような生き様を選ぶと。ジョブズの言葉は、何かと何かを比較する表現が秀逸であり、これもそのひとつの名言。

量より質が重要だ。2本の二塁打より、1本のホームランのほうがずっといい。

さきの海賊の表現と似た比較表現。人々の記憶に残るのは2塁打ではなく、ホームランだ。2塁打を2つ重ねれば、同じ1点かもしれないが、ホームランは多くの人を幸せにする力がある。同じ1点でも質がホームランに分がある。同じ1点を狙うならホームランを狙ろう。ジョブズはそう言っているようにも聞こえる。ホームランを狙った結果としての2塁打もあるかもしれない。1点はこうして得ることができる。いま自分は2塁打を狙っているのか、ホームランを狙っているのか。ひとつ狙ってみるかと思わせてくれる名言。

重要なことに集中する唯一の方法は「ノー」と言うことだ。

日常は忙しい。人間関係は複雑がデフォルトのようなもの。気づければ部屋のなかが散らかるように無秩序は広がっていくように日常はいつも忙しない。そんな日常のなかには気軽にYESと言ってしまったものはないだろうか?好きでもない物事が目の前に転がってはいないだろうか?意思決定することが面倒で、YESと受けれ入れてしまったもので溢れているとすれば、あなたの日常を取り戻すのは「NO」を答えること。心が動かないものを手放し、好きなもので周囲を埋め尽くそう。ノーと言う勇気がときには大切だと教えてくれるジョブズの名言。

我々がすることと同じくらい、我々がしないことを私は誇りに思う。

仕事は果てしないものであり、顧客を喜ばそうと思うと、いろいろなことが思いつく人も多いのではないだろうか。しかし、そのどれもを仕事として取り組むには時間もその他の資源も足りない事実に気づくと、ひとは効果の高いことから優先的に選んでやるように資源配分を組む。また、顧客の声を汲んで、あれもこれもとたくさんの機能をつけた商品で顧客は本当に喜ぶのか?マーケティング的に言うと、バリュープロポジションという、顧客が望んでいて、競合他社が提供できない、自社が提供できる価値を提供できているのだろうか?顧客が求めているのはここではないか?それには、自分たちがしたことではなく、あえてしなかったことにも自覚的に取り組むべきとジョブズの名言は教えてくれる。

墓場で一番の金持ちになることは私には重要ではない。夜眠るとき、我々は素晴らしいことをしたと言えること、それが重要だ。

夜眠るときに、「我々はiPhoneを作った」と思いながら眠るってどんな気持ちだろうか?それはあの世に持ってい聞けないほどのお金を得て、世界の長者番付けで自分は何番だろうかと想像することよりも、ワクワクしてくる気がしてこないだろうか?iPhoneを手にした人々の顔や生活が思い浮かぶ、その生活を作った一助は自分たちの商品だとしたら、これほどの嬉しいことはない。お金はもちろん重要な要素だけれど、人々の生活を彩るためにきょうも商品を作り、サービスを提供している。その日の夜に、少しでも世界を彩れたかを夢想して生きていくのはロマンチックなビジネスマンではないかと憧れるジョブズの名言。

未来を見て、点を結ぶことはできない。過去を振り返って点を結ぶだけだ。だから、いつかどうにかして点は結ばれると信じなければならない。

PCのMacはフォントがきれいなことが特徴だ。これはジョブズが大学を自主退学しても、もぐりで、文字造形の学問であるカリグラフィーの講義を受講していたことまでルーツがある。美しいフォントがPCになかった当時、自身が手がけたPCにはこれまで学んできた美しいフォントを詰め込んだ。PCに美意識を詰め込んだはじまりがMacだった。Macはデザイナーに重宝される存在になったのは、ジョブズのルーツだったひとつの点がPCに結ばれたことが大きな要因かもしれない。たくさんの点を我々はいまから未来へどう線に結びつけるか。答えはいくらでもあると勇気が湧く名言。

当時は分からなかったが、アップル社に解雇されたことは、私の人生で起こった最良の出来事だったと後に分かった。成功者であることの重さが、再び創始者になることの身軽さに置き換わったのだ。何事につけても不確かさは増したが、私は解放され、人生の中で最も創造的な時期を迎えた。

ジョブズは自身で立ち上げたアップルをクビになった。砂糖水を売っていたスカリー氏に宣告された。それからジョブズはコンピューターアニメーションの代表的な存在であるピクサーを手がけ、コンピューターによるアニメーション「トイ・ストーリー」を作った。ジョブズのの喪失経験がなければ、その後の、コンピューターアニメーションの礎でもある創造はなかったかもしれない。振り返ると、アップルを解雇されたことを人生で最良の出来事だったと語るジョブズ。人生で何が起こるか分からないということを体現して生きているような存在であるジョブズが語ると、喪失と創造の関係にはとても説得力がある。仕事をやめても、どうにでもなる。そんな開き直りをもたらしてくれる名言。

ハングリーであれ。愚か者であれ。

ジョブズの言葉でも特に有名な言葉。ハングリー精神を持つことは自分の欲求に忠実であれということ。もちろんこれはジョブズが常に伝えている自分が本当にしたいことをすべきというメッセージ。自分の欲望を感じ取り、自分のモチベーションを誰に焚き付けられるでもなく自分自身で燃やし続けることができるほどのハングリー精神を絶えず持てということ。しかし、その精神を抑えてしまう要因の一つに周囲の声がある。この声は自分が感じている以上に、無意識のうちに抑制されてしまうほどの力がある。だからこそ常に自分自身のイメージを愚かであろうとすることで、行動するうえでのハードルを外すことができる。ハングリーで愚か者であるなら、自分がしたいことを周囲の声を気にすることなく取り組むことができる。ジョブズの端的でいて愛のある名言。

スティーブ・ジョブズの仕事と人生の名言 -
デザインするということの本質を押してくれる考え方

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デザインとは、単なる視覚や感覚のことではない。デザインとは、どうやって動くかだ。

デザインは深い。視覚的な図形や色をの組み合わせで千差万別あり、そこに美しさが求められる。センスや才能のような感覚的に定義して距離を取る人もいればだからこそと面白る人がいる。ジョブズはデザインを表面的に見るのではなく、見た人が手にした人がどんな反応をするかやどんな使い方をするかまで考えてデザインした。iPhoneがはじめて出たとき、説明書もなくともみなが直感的に使い、使いながら使い方を学習し、ついには自分仕様の携帯電話になるところまで作った。スティーブ・ジョブズはトーマス・エジソン以来の発明家だった。彼は私たちの指先に世界を置いてくれた。スピルバーグは彼の功績をこう讃えた。デザインは受け手の心や世界するデザインしてくれると気づかせてくれる名言。

消費者に、何が欲しいかを聞いてそれを与えるだけではいけない。完成するころには、彼らは新しいものを欲しがるだろう。

消費者はその商品を手にしたときまでそれが欲しいという欲求がないと言われる。つまりニーズが言語化されていないものを生産者は感じ取り、形にしてみせる力が必要だ。御用聞きのように何でもかんでも消費者の声を取り入れたものが大ヒット商品になったのはことは少ないのではないか。それよりもなぜいままでこれがなかったんだ、こんなものが欲しかったんだ、自分のために作られたものじゃないかと、自分を承認肯定されたような共感がともなうものではないか。そんな商品を作るのは難しい。消費者が本来求めている本質を捉え形にすることは、難しくはあるけれども面白い予感がしてくる名言。

テレビを観るのは、自分の脳のスイッチをオフにするためであり、コンピュータで仕事をするのは、脳のスイッチをオンにしたいときでしょう。

ジョブズがPCの役割について語った言葉。PCはおもになにかを作るときにその機能を最大限発揮するもの。人々の仕事の生産性を高めてくれるもの。その本質をこの言葉で表現した。Macを触っているときのテンションが上がる感じは仕事への集中力を高めてくれる効能さえある。PCとはどうあるべきかまで考えこまれ思想まで込められた製品だからこそ多くの人を惹きつけるMacなのかもしれないと思わせてくれるジョブズの名言。

顧客はより幸せでよりよい人生を夢見ている。製品を売ろうとするのではなく、彼らの人生を豊かにするのだ。

コチラの言葉もジョブズの製品開発やビジネスについての考え方を端的に表現している言葉。顧客は人生を豊かにすることが目的であり、それを叶えてくれる商品を買う。マーケティングで有名な言葉に、「顧客はドリルではなく穴を買っている」という言葉がある。ドリルという製品ではなく、ドリルを使用することでできる穴を顧客は求めて、ドリルを買う。この視点がなく、競合他社のドリルより優れいてるかという比較の部分のみで商品開発をしてしまうと本質を誤りかねない。人生を豊かにするための商品やサービスを作ろうと思える名言。

革新的なことをしていると、たまに過ちを犯す。一番良いのは、すぐその過ちを認めて、次の革新を急ぐことだ。

本質を求め、革新的なことをしてきたことは、誰もしていない事例を現在進行系で作っているようなものだから、ときに過ちも生まれることだってある。しかし、そこでやめずに、過ちを認めまた、革新的なことをし続ける。過ちが発生することを織込み済みしてしまい、それすら認め改善するマインドも常に織込み済みしてしまえば大丈夫。ジョブズの名言はそう教えてくれる。

シンプルであることは、複雑であることよりもむずかしいときがある。物事をシンプルにするためには、懸命に努力して思考を明瞭にしなければならないからだ。だが、それだけの価値はある。なぜなら、ひとたびそこに到達できれば、山をも動かせるからだ。

デザインすることは視覚的なことではなく、自分の思考すらデザインできるとジョブズは言っている。複雑になりがちな思考もシンプルに整理しておくことで、山をも動かす力があると。頭の良い人というのはいろんなタイプがいるだろうけれど、物事をシンプルに捉え、シンプルに思わぬ事柄を結びつける人がいある。彼ら思考のスピードや発想の豊かさは、思考が常にシンプルに整理されているからかもしれない。シンプルに考えようと思えてくる名言。

スティーブ・ジョブズの人生と仕事の名言が溢れ出ている書籍



スティーブ・ジョブズの人生と仕事の名言では学び足りない方へ

野村克也の厳選15の名言から学ぶ【人生と仕事の哲学】

リーダー

野村克也の仕事と人生の名言 -
リーダーや指導者にとっての嫌われる勇気の大切さ

野村克也さんは元プロ野球選手、監督。監督時代には、ID野球というデータ重視の考える野球を提唱し、数々のタイトルをものにした。彼の指導力や、選手を見る目、本質を掴む言葉に著作は多数。人生や仕事に勇気をくれる哲学的な言葉が魅力的です。野村克也さんの言葉から厳選した名言集を紹介します。

成長
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好かれなくても良いから、信頼はされなければならない。嫌われることを恐れている人に、真のリーダーシップは取れない。

リーダーに限らず、信頼関係を築く上で間違ってしまいがちなことは、好かれようとすること。それが邪魔して、YESとなるべく答えてしまったり、相手に必要な言葉や、プロジェクトとはズレたことをしてしまう。目的を明確にし、そこに適した人間関係を構築することもスキルのひとつ。人間関係は一番難しいスキルといっても良いけれど、野村克也氏の信頼を目指すことを頭の片隅に残しつつ人と接するだけでも少し前進する気がする名言。

「叱る」と「褒める」というのは同意語だ。情熱や愛情が無いと、叱っても、ただ怒られているというとらえ方をする。

大事なことは情熱と愛情があるかどうか。指導において他人に対し指摘する発言の質の以前にまず、自分自身にその人に対しての熱量があるかどうかを認識すべき。その人にあるかというよるも同じ目標や目的対して、達成するための熱量があるかどうか。そこに自信をもって熱量を注げていないようであれば、どんな指導も相手には響かない。まず自分自身の内面を整理し自覚的になることがはじめようと思える。嫌われてもいい気づいてくれれば。そんな気持ちを込めた野村克也氏のぼやき口調が浮かぶ名言。

ナポレオンは「人間を動かす二つのテコがある。それは恐怖と利益である」と言った。私はこの二つに「尊敬」を加えたい。リーダーは「利益と尊敬と、少しの恐怖」で組織を動かしていくべきで、その潤滑油が「笑い(ユーモア)」だ。

恐怖政治という言葉には、相手を恐怖によってコントロールするひとつの方法がある。しかし、それはどこかの国のクーデターのように、暴力での解決しようのない解決が繰り返される。インセンティブ。動機。相手にとっての利益を提供することでマネジメントする方法論がある。ビジネス組織ではインセンティブとして報酬などがある。相手が欲しがるインセンティブを提供することで組織全体の目的を達成することの大きな方向性を同じに方角に向けることができる。しかし、これらの2つは短期的、あるいは中期的なマネジメントには効果を示すだろうが、長期的には難しい。それは相手の内面が決して、この組織に満足してより良い組織にしたいというポジティブな感情ではないから。野村克也氏はそこに「尊敬」を加えた。尊敬は互いを尊重し、敬意を払う心情。ナポレオンの組織論にポジティブさが加わった。ナポレオンの辞書に不可能の文字がなかったという名言ではないが、尊敬が加わった組織に不可能はない。加えて野村克也氏は「笑い」まで込める。名将が名将たる所以かもしれない。複雑になりがちな組織論の指針にした名言。

全盛期を過ぎ、落差に耐えつつ、必死にやる、なんてことを惨めと感じる人はいるでしょう。ところが、僕はそうは思わないんですよ。なりふり構わず、自分の可能性を最後の最後まで追求する。そのほうが美しいという、これは僕の美意識です。

アスリートのパフォーマンスにはピークがある 。ピークのまま辞める人もいれば最後まで続ける人もいる。やめときを決められるのは幸せだその幸せを噛み締めながら最後まで泥臭く肉体の限界まで続ける。それはとても幸せなことではないだろうか。美意識と幸せが手を結ぶように自身の体で共存させる。誰かにやめろと言われてもやめない。決めるのは自分。誰かに嫌われても、自分が自分を嫌いにならなければいい。嫌われても良い。そう思える野村克也氏の勇気を与えてくれえる名言。

野村克也の仕事と人生の名言 -
成長の過程にある苦悩から解放する考え方

リーダー
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「どうするか」を考えない人に、「どうなるか」は見えない。

野村克也氏は現役時代、まっすぐ投げることができていないことを先輩に指摘された。野村克也氏は実はボールの握り方も知らずにボールを投げていたそうだ。どうすれば、まっすぐボールが投げられるか。握り方から投げ方、身体の使い方を考えた。考えることの重要性を感じたそうだ。物事の上達方法のひとつには、自分のしている行動の一挙手一投足を言語化できるかどうかがある。自分の言葉で説明できるのであれば、原因が分かる。つまり結果を変える変数が分かる。考えることは重要だと再確認させられる名言。

重荷があるからこそ、人は努力するのである。重荷があるからこそ、大地にしっかりと足をつけて歩いていける。

野村克也氏は、選手として活躍できない時期、解雇寸前の交渉時に「クビになるようなら生きていけません。南海電鉄に飛び込んで自殺します」と嘆願した。当時の球団人事からは、「お前は活躍できない」と苦言を言われつつも何とか残ったそうだ。結果を出すしかないギリギリの状況のプレッシャーは計り知れない。重荷のようなものを感じながらも結果を残すことがプロには求められる。それがアマチュアとプロの違いかもしれない。けれども、その重荷こそが地に足の着いた自分自身にしてくれる。現状を認めてこそ、現状を変えることができる。野村克也氏のその後の活躍は誰もが知っている。重荷を前向きに捉えることができる名言。

「恥ずかしい」と感じることから進歩は始まる。

野村克也氏は選手時代当初、カーブが打てなかった。観客席からは、「カーブの打てないノ・ム・ラ!」「カーブのお化けが来るぞ!」といいった野次を浴びたほど。そんな悔しさや恥ずかしさで野村克也氏は終わらず、どうすればカーブが打てるか考えた。投手それぞれのピッチングのクセを見つけ、カーブを事前に見破ることでカーブの打てない野村を克服した。野村克也氏の苦手克服方法には徹底的な観察がある。現状の見てる世界になかった視点や解像度で見つめると、自分を変えるヒントを見つけることができると教えてくれる名言。

失敗の根拠さえ、はっきりしていればいい。それは次につながるから。

上記のカーブ克服方法につながるが、なぜ自分が失敗したかが分かることが克服の第一段階かもしれない。失敗を受け止め、言語して、原因と結果を説明できることができれば、あとはその過程のあいだにある自身の行動を変えるだけ。ひとつひとつ、失敗の過程を分解してみればいい。それは悔しいし、恥ずかしい作業かもしれない。しかし、そこに向き合い、改善点を明確にしなければ次にはつながらない。逆に言えば、次につなげるということは、失敗から学ぶ、それだけでいい。成長はとてもシンプルな方法でできると教えてくれる名言。

ちっぽけなプライドこそ、その選手の成長を妨げる。

自己を過大評価した瞬間から、思考の硬直が始まる。

プライドは成長を邪魔する。なぜプライドが成長を邪魔するだろうか。失敗に学ばないからだ。失敗を偶然とみなし、せっかくの成長の機会を自ら奪う。自信を持ってプレーすることは必要だけれども、過信は良くない。過信による怠慢なプレーは結果も怠慢になるのは当然。プライドや過信には自身の思考を硬直させるからだめだと野村克也氏は説く。思考が硬直するということは学習されていない証であり、日々複雑な環境の変化に気づいていないという証明である。勝負の世界では相手の変化に気づけず、ビジネスの世界では経済の時代性に気づけない。それでは誰も自分を評価するはずもない。プライドも過信も捨てて、柔軟な思考こそ成長の姿勢だと再認識させられる名言。

どうやったらライバルとの競争に勝てるか考えたとき、1日24時間の使い方の問題だ、と思った。

生まれ持った才能や環境は選べない。不公平な気持ちに歯ぎしりしたくなる日もある。それでも誰もが平等に与えられたその日は、みな24時間という事実がある。時間は誰しもに与えられた公平な資源であり、スケジュールとしてコントロールできるもの。ライバルに勝りたいなら、この24時間をコントロールして、最大限の成長を目指す。逆に言えば、成長したいときに、その物事にどのくらい時間を使っているかについて自覚的になるべきだ。可視化させた時間に対し、少ないと感じれば、どう増やせるかを考える。成長するための時間を確保することから始めたくなる名言。

不器用な人間は苦労するけど、徹してやれば器用な人間より不器用な方が、最後は勝つよ。

自分のことを不器用だと思っている人は多いのではないだろうか。この言葉はとても勇気を与えてくれる言葉。徹してやることで不器用な人間が最後には器用な人間に勝つ。それは、これまでの野村克也氏の名言から考えれば、不器用な人間には自分の不得手に対し認識が深く、数ある失敗を学習の機会に変えることができるチャンスが存在するということかもしれない。不器用な人が、器用な人よりも多く持っているもの、それは「失敗」の数。失敗を活かして成長に成長を重ねよう。

敵に勝つより、もっと大事なことは、常に自分をレベルアップすること。

勝負事であれば、目の前の敵や、近くにいるライバルなどの存在が分かりやすい現状認識や目標設定となり、成長の糧になる。しかし野村克也氏は、それ以上に有効なこととして、自分自身をライバルと見立てることこそが成長するために重要な考え方だと説く。昨日の自分よりも成長しているか。周囲の環境は絶えず変化し、ときに目標を見失うこともあるかもしれない。それなら、昨日の自分を意識すれば、見失うということがなくなる。むしろ毎日に成長の機会が生まれる。自分と向き合いたくなる名言。

限界が見えてからが勝負だ。

成長で大事なこととして、過去の自分自身と比べてみることが有効だと先述の野村克也氏の言葉で挙がっていたが、時間軸を基準に考えると、過去の自分だけでなく、現在の自分、未来の自分という存在が浮上する。限界を感じるという感覚は、現在の自分と未来の自分との喜ばしい差分が想像できないときに覚える。それは同時に未来の自分との勝負である。未来からの挑発のようなものであり、または自分自身との勝負には終わりがなく、ときにその絶え間なさに嘆く現在の自分の心情とも言える。詰まるところ、成長は過去から未来の間にいる現在の自分の内面が試されている。成長は自分との勝負。そこには誰も傷つけることがない勝負が繰り広げられる。負けたり勝ったりのリーグ戦のような勝負。楽しもう。

「もうダメ」ではなく、「まだダメ」なのだ。

限界を感じたときに口にする言葉「もうダメ」。野村克也氏はアスリートとして、敵だけでなく、自分自身との勝負にも身を置いてきた。その環境は、自分の内面から絶えずあふれる弱音に対してもコントロールする術を身につけさせた。たったいま心から出た「もうダメ」を「まだダメ」にしてみる。すると、僅かな可能性が未知数なもの広がりをみせた。まだダメならどうすれば良くなるか?言葉ひとつで、思考は回りだす。できない理由でなく、できる方法を考えだす。もうからまだへ、たった2文字の言葉を変えるだけでまた勝負に臨める名言。

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